only_skin_deepのブログ

飛ぶ前に見ろ、それができたら嬉しいね。

【私小説】題名は読み終わったあとにあなたが決めてください。

あんなに全てがあって全てを剥ぎ取られたのに、私の全部の組織とレツが癒着し過ぎていたせいで、流れ続けるものが血なのか涙なのか髄液なのかはたまた他の体液なのかもわからないくらいだったあの裂け目を、私は未だにきちんと理解できてないんだと思う。

 

 

 

 

 

 

たぶん私は無意識のうちにレツのことをもう一度書き起こして昇華させたかったんだと、薄っすら車内灯が青く光る東京行きの夜行バスの中で心まで青色に滲んだ。

 

18才の12月27日から2月25日までで私の人生は本質的には終わっている。そのエピローグを私は毎秒噛み締めてやっぱり生きていくんだ、と乾いているのに大粒の水滴がぼたぼた落ちるような笑いが一瞬、私の顔を奪った。

生まれ落ちたときから目が見えない人に紫色を教えるくらい、今から私が文字に起こそうとしていることはとても困難で、どんなに足掻いても何百分の一に縮小されたガラクタにしかならないのを承知で始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

I高生だった私は、Twitterのいくつかある鍵垢の中でも一番友人を厳選して動かしていたアカウントにある日届くはずのないDMが届いてるのに気づく。

 

(誰だろう......、今更こんな目眩しを散々し尽くしたアカウントになんでフォロー外からスパムでもないメッセージが入ってるわけ?)

 

 

 

 

 

それがレツとの“顔を合わせる前の出会い”だった。

 

 

私の友人達は皆がそれぞれ究極的なマイノリティーに勝手に乗せられてしまった人たちだったのだが、幸か不幸か私たちは本当に狭い人間関係の中でコネクトされてしまった。

 

 

 

 

 

 

人との会話はなんかもう言葉や文章じゃない。

 

 

(相手の雰囲気的な好悪を読み取って、取れるけど若干取りにくい上級者向けのボールを投げ、まず見下されたり馬鹿にされるのを初手で完全に封じて、他と違う毛色を相手が自ずから見出すようにしなければならない。)

 

私は最近になって相手次第で表現は使い分けすれば良いと思うようになったが、若い頃は今よりもっと、底なしの深い関係に出会った全員とならなければ、という思いで生きていた。

 

 

だからレツとのDMは、お互いがパワーゲームをして精神的な優越権を絶対にそれぞれが死守するやりとりだったので、抱いた印象は「この人、まるで自分みたいな予防線の張り方をして会話をするんだな」だった。

 

 

私達は若かったし、自分の才を人知れず大切に温めてきたため、自分に似ている、まるで双子のようなお互いに興味を抱いた。

 

ものの5分くらいやり取りした段階で、私はその時住んでいた場所から何県も離れたレツの住む場所に引っ越すことになった。

 

 

 

 

実際はその後1ヶ月ほど解毒の為に閉鎖病棟にいたため、秋に引っ越しを決めたのに彼と対面でようやく会えたのはクリスマスも過ぎた頃になっていた。

 

 

 

アパートの下に着いたことをこちらも同じI高生のレツの同居人のアヤトに伝えると、本やギターをはじめとする私の重くて嵩張る荷物を運びに二人が降りてきた。4階から二人の話し声と、リズミカルに階段を降りる音がした。そのとき、何故かまだ見えるはずもない二人がどんな距離感でお互いどういう表情を交わして降りているか、私はありありと本物の光景のような絵が浮かんだ。それは今も脳裏に写真記憶のように残っている。

 

私は二人と初めて顔を合わせたときに“この目に映る景色すべて永遠に記憶しよう”と決めたため、今日だってレツの履いていた靴や羽織っていた上着まで思い出すことができる。

 

 

 

 

なんとか荷物を運び切って、皆んなで紅茶を飲んだ。

(私のギターはきちんとスタンドに収まり、隣にはアヤトのお気に入りのレコードが立て掛けられた。)

ステンレス製の先鋭的なデザインの器と、わざわざ1時間半近く電車に乗って買ったという美味しい茶葉の話をするレツを、私は交互にじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

レツは私が出会った中でも、歴代捲ったページの中でも、これまで見た映像や写真の中でも、最も惹かれる顔立ちをしていた。顔という記号を以って、私の全ての心を磔にしてしまうような。

 

 

彼の周りだけ空気の層が違うようだった。背中や指先だけを見たとしても、レツ自身の類を見ない人間としての生が痛いほどに目に飛び込んでくる。

 

レツはフィンランドの冷たくて白い針葉樹のような声で話した。

密やかで静謐でガラスというより陶器のような、例えどれ程急ぎの用があっても絶対に手を止めてじっと耳を傾けてしまうような、そんな喋り方だった。喉の震えが、どこか世界に怯えているような、そんな半透明な哀切を感じさせた。

 

 

 

 

レツに対して、私の全てがこの人には敵わないと天啓のようなものを感じる。そんな確信が毎秒生まれるのがあの頃の生活だった。

 

 

レツがどれほど絶対的な才能を備えていたのかの説明は、砂の城を波が来る前に崩すような禁忌的な気がしてならない。知識の層も幅も深さも扱い方も、まるでこの世界全ての書物を保管する図書館で永遠に管理人することを命じられているヒトではない別な存在を彷彿とさせるものがあった。

 

 

 

 

 

私たちはあまりにも多くの言葉を交わした。レツと話すと、辞書からせっかく移植したのに一度も用いる事が叶わなかった言葉たち、そして私の異類な肉付きで得た言葉たち、いびつに突き抜けた考え方や私だけが見える脳内の色彩をあらわす言葉たちが初めてしっかりと受け止められた。それは人生で初めてのことだった。私自身をきつく抱きしめられることよりもずっと、私にとっては最も必要で、けれど誰一人できなかった抱擁の仕方だった。

 

 

 

私たちは恋人らしいデートは思い返せば殆どしなかったようだ。

 

それよりも、お湯を沸かしながら、煙草を巻きながら、電車に揺られながら、診察を待ちながら、スピーカーを調節しながら、ベランダから街を見下ろしながら、夕食を近所の店まで買いに出かけながら、

言葉(ココロ)と言葉(ココロ)を繋いで様々な世界を覗いて、手を伸ばして触れて、そして味わって飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちの前にはすべてがあった。

無限という存在を二体の有限が創った。

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで冬のような人だった。

 

冬に出会って冬に終わったからそう思うのか、だけど彼からはしんしんと降り積もる雪のような音がいつもしていた。

 

私は世界から棘のついた捻れた五寸釘のような痛みを打ち込まれる度に、レツの胸に左耳を寄せて、いつまでも雪の温度と湿気を私の中に満たすのだった。

 

冷たいものは何よりもあたたかく、澄んだ雪解け水のようなとろりとした透明が私を世界から守ってくれる膜になった。

 

 

 

 

 

レツと過ごした最期の方は、施設に引き取られる日が刻々と迫って来ることに心が砕け散る思いで溢れていた。あの頃の私は本当に病気が特に重く、パニックに陥るたび、どんな場所でも自傷行為を見境なく様々な方法でしてしまった。ある日は朝の墨田区を走る電車に座り込んで、カッターの替え刃を直接握って振り下ろし続けることでしか感情が私から零れ落ちるのを防げなかった。文字通りいつも死が真近にある日々だった。レツは血にまみれた私の手を、真っ白な雪に朱が染みこむように握りしめて両の手で包み込んでくれた。

 

 

やっと家まで辿り着いて、レツは私の手を取ったまま白と黄色の混じった光で照らされたベランダに連れて行った。そのまま二人で後にも先にもなく、言葉を交わさずに何時間も太陽が最後まで落ちて消えて無くなる様をじっと見入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、彼はふいに口にした。

真っ直ぐに私の両の目を見つめ、真剣さと慈愛の籠もった言葉で何度もゆっくり音にしてくれた。私の生命が最初に震えた音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は気がつくと都立M沢病院の隔離に入っていた。

 

 

目が覚めると、天井の偽物の木目がわざとらしくこちらを舐め回すように嘲笑って見ていたような気がした。

 

 

首を左右に傾けて確認すると、私は紺色のシーツすらない薄いマットレスの上に仰向けに寝かされていた事が分かった。左には銀色で蓋をされた使えないコンセントと扉のない和式便所が見えた。

 

 

 

警察なら黄色のごわつく毛布をかけるはずだ。ここは外は見えないように窓に細工が施されているとはいえ電気でなく日光がきちんと差し込む。こんなに清潔感のある房なんて存在しない。なにより、部屋全体に漂うきつい消毒の匂いが病院の中であると告げていた。

 

 

 

青く変色した手がピクッと動いたので身体に力を分配して染み込ませていくと、私の身体が私の操作を受け付けてくれるスイッチが入れられたのを感じた。右手を顔の前に運ぶと、手首にはバーコードの記されたバンドが付いていた。

 

 

 

 

 

 

また、ここか_______________

 

 

 

 

 

 

 

この病院は知らないが、こういう景色は何度も見てきた。また世界から何もかも分断された日々が始まる。マットレスとトイレだけの正方形の毎日が。

 

 

 

内側からはドアノブどころか小さな突起もついていない鉄の扉があった。少し触れると、顔も知らない誰かの泣き声がまざまざと感じられる気さえした。

 

 

 

 

私が意識を取り戻した様子をカメラで確認したのだろう、医師たちが何時間かすると部屋にぞろぞろと入ってきた。

少し白髪の混じった背の小さな60代くらいの女医が一番前に出て、三角【みすみ】と書かれた名札を私に少し屈んで見せた。

 

 

初めまして、と私がいうと困ったように眉根を寄せて「あなたとは初めましてではないのよ」となんとも言えない温度で告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、覚えている。

 

 

 

別々のパトカーに乗せられた後、回転灯が吐き気がするくらい不吉な気持ちの悪い赤色で光るのに邪魔をされて、私はレツの顔すら見る事ができなかった。

 

 

 

新宿御苑のビジネスホテルの浴室に、警察が何人も雪崩れ込んで、レツは私が選んであげた黒地に金のフラクタル模様のシャツを着ていて、私はその腕に包まれていて、、

 

 

 

 

 

 

 

私たちを引きはがす警察に、「その子は警察にセカンドレイプに遭っていて酷いトラウマがあるので痛めつけないでください!!!!」と何人もの警察と揉みくちゃになりながら、今迄に一度も聞いた事のない怒鳴り声をレツがあげていた。

 

 

 

 

 

私はいかに自分だけが罪を被るかを自分のでき得る限りの最速で考えようとして、

パトカーに裸足のまま引きずられて乗せられてドアを閉められて、

助手席の推定年齢22〜26歳くらいのヘルメットを被ってバインダーとボールペンを持ちながら振り返った男性警察官に.出身はどこなの?と言われて、

横浜です。と答えて、あ、そうなんだ。俺も横浜なんだよ、横浜の何区?と訊かれて東西南北くらいならありそうだと思って南区だと伝えて、

 

 

 

 

 

、、そこから?

 

 

 

そこからどうした?レツは?レツはどうなった?レツは無事なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レツが開けてくれたピアスをMRI検査の時に全て外され、危険物としてナースステーションで預かられ、それをもう一度受け取って退院する頃には左右で20程空いていた穴は塞がりかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地元から音信不通だった義理の兄が車を出して母親と一緒に迎えに来て、面会室で着替えやタオルや洗面用具を持たされて、あり得ないくらい久しぶりに外の世界に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうそこには何も無かった。

 

 

 

 

ずっと。