only_skin_deepのブログ

飛ぶ前に見ろ、それができたら嬉しいね。

【東京友人訪問記②】求祈って名付けたのはそういえばあたしだったね

今はなきフロ東で住人だった一人と再会した。上北沢駅にいつものように人間味に欠けた、私に命名された友がそこに立っていた。

 

 

2019年付近にTwitterしてたあそこらへんのみんなは、彼の名前など夢に出るほど刷り込まれているだろう。

求祈は私の故人の実父と同郷で、彼はとても凄惨な26年をそこで過ごしたことで界隈では有名だった。

(よくあんなハンネを思い付くよね、ちなみにそれ、今回でめちゃくちゃ伏線回収されるから。)

 

私も17歳からTwitterで相互だった。

それから月日もあまり経たないうちに当時10名くらいで暮らしていた、フロ東(※フロントライン東京というシェアハウス/あえてこの名前はそのままにして、検索避けしない事にする)

で求祈と初めて顔を合わせた。

 

 私が二週間もないうちに退居して、住人たちと縁が切れてもしばしば求祈だけとは連絡を取り続けていた。

大体は、散歩中に見つけた花の写真を送り合うだけの簡素なLINEだったが、時々思いついたように電話してお互いの闘病状況を報告しあったり、急に新宿駅で集合して伊勢丹の香水の香りをありったけテイスティングしたり、そんな関係だった。

 

だからまあ、初めて会った時から四年も経つわけだけど、この日の彼は冗談じゃなく死に急いでる様がありありと滲み出ていた。待ち合わせ場所で、嘘でも冗談でもなく強烈な死臭が私を強い衝撃で殴ったのだ。

たぶん、彼だと言われなければすれ違っても気が付かないかもしれない。

別に顔も背丈も一緒だ。髪が伸びたくらいの目立った変化はない。

だけど。

 

 

 

今回会うのは、三日後に入院すると昨日LINEをくれた求祈に送り出す挨拶をして、暇な病院のために小説をプレゼントするためであった。しかも、その病院は奇しくも私がかつて入院していた場でもある。

 

とりあえず、求祈に家まで案内してもらう事にした。割と駅から歩くようだ。なんだか千歳烏山と沿線がやっぱり似ているなあ。

(私は最初のえぐられるような衝撃に見て見ぬふりを保つためにひたすら景色に目を奪われて歩いた)

 

ひたすら歩いて、家だという場所に着いた。

 

生活保護で借りた家を3軒ほど友人たちが所有しているが、求祈の家はそのなかでも一番いいように見えた。(私の京都のアパートも元々は京都で入院中、医者が頼んで生保で借りた家である)

 

中を開けると、半分は想像通り、もう半分はやれやれ、という思いだった。

 

最近ひとの家を業者ばりに清掃することが多すぎる。そんなことを思いながら私は目の前の地獄の焦土を、さてどう生き返らせようか頭をひねった。

だがしかし、着いてそうそう掃除を始めるのはひょっとすると嫌味に思うかもしれんな。そう思ってとりあえず荷物を置き、チオビタドリンクとウィダーを口の中で混ぜてまず自分の今日の栄養を食べる事にした。

 

 

求祈は障害年金と生保でも生活を回すのがきついらしくて、訪問看護からエンシュアのいちご味を食糧として貰っており、3食を栄養剤で埋めて空腹に耐えているようだった。

冷蔵庫の中にはプルタブを起こした3缶のエンシュアがあって、他には封を切ってない缶しか入っていなかった。私はそれを見て胸が塞ぐ思いがした。

 

 

 

ここは日当たりがすごく良いし、部屋は激狭ではあるが、他の生保の家よりはるかに光合成できそうだ。

その点は病気にとって不幸中の幸いだな、壁も白で雰囲気もいいし、片付けたら化けるだろうなあ、と思っているとロフトの梯子が目に飛び込んできた。私はロフト部屋が大好物である。

 

「ねえ、嫌じゃなかったら上あがってもいい?」

「うん」

 

私はうきうきがまさに辞書引きでその状態、のような感じで浮き足だってロフトに駆け上がった。

 

おーーーー、ロフトはちゃんと人間が滞在できる場所だな。少しでも彼が落ち着けるスペースがあってよかった、と思いつつ、ぐるっとあたりを見渡すと布でできた巾着袋の上にいくつも石が並んでいた。

 

石、触ってもいいー?

と1階で和柄の布団にうずくまる彼に尋ねると、彼はゆっくり体を起こして、まるで酔っているかのようにふらつきながら梯子を登ってきた。

「これは新宿の石屋さんで少しづつ揃えたもので、僕のお気に入りはこれで、それからこっちは珍しい名前のついた石で、」

 

何度も吃音になりながらも丁寧に石をひとつひとつ見せてくれた。そして、私に丸くてすべすべした石を手渡した。

 

「うわあ、なにこれ、この青って宇宙?それとも深海?いや、私、青に関しては病的な倒錯があってちょっとこれはあまりにも直撃で良過ぎる、写真撮ってもいい?」

「うん」

 

私は恍惚な蕩けるような心持ちと眼差しをぼーっと手のひらに閉じ込めた石に注いだ。

 

気がつくと、お互い汗が額から滲んで床に幾つか雫が落ちていた。

 

「いや、ごめん、ぼーっとしてた。暑い中付き合わせたね、もう下に降りようか」

「大丈夫」

 

私は丸っこい手のひらの幸せを彼に戻して、階段を降りた。

 

二人で、様々に生き、様々に翻訳された執筆者たちの何冊もの本の上に少し乗っかる感じで(作家の皆さんごめんなさい)、しゃがんで話す事にした。

 

先程の石から宝石の国を連想したこと。

作者の市川春子先生の中に根付く仏教をどう噛み砕いて読んだか。最終話が今年ついに出たがどうだったか。

鏡面の波はopとして、あの音自体がなにかの衝撃で割れて砕け散ってしまいそうでたまらなく合っていること。

 

求祈とゆっくり時間をかけて言葉を行き来させながら話し終えると、外はどうやら日が落ちかけているみたいだった。

 

散歩、しよう

声がして顔を上げると、求祈はもう音もなく立ち上がっていた。

 

家を出て、踏切を渡って、右に曲がり、三叉路を斜めに進み、歩道で自転車に乗った子供たちとすれ違い、何度も向きを変え、たまに「あ、こっちじゃない」と求祈は道を引き返した。

 

知らない街の知らない人の知らない表札の知らない苗字をそろそろ数えて150は見たかな、と思った時に私たちは神社の前まで来ていた。

私たちは屋根の彫刻の話をしたり、塗られた色について話して、お互いそれぞれ思うことを浮かべて手を合わせて、家に帰ることにした。

 

 ネギ坊主がいくつも揺れる畑のそばを通った時、「なんで宿儺以外の古い術師やその類は黒閃を出せてないんだと思う?」と求祈が口を開いた。

わたしはまだ最終話の6個前くらいで私の呪術廻戦への知識は止まってるんだけど、と断った上で、

「意図的には出せないと言うけど、やっぱりその勝負に賭けられた実存の度合いだとか、勝利することや相手を屠ることへの固執とか?

まあ宿儺なら相手次第では戦を在らん限り楽しもうとしたりするから、やっぱ執着とか譲れなさの現れが黒閃が出るように無意識に底上げするのかなあ、」

と返答した。

 

求祈の考えはこうだった。

「一度終わった命をたとえ容れ物だけ蘇らせたとて、そこにはもう、本来生者に必須である核みたいなものが再び宿ることはないんだと思う。

宿儺は一度魂を切り分けたとはいえずっと滅びずに存在しているから投入された古い術師とはそこが当然大きく違っているし、

あくまで時間の最先端に立っているもの、つまり「今」を生きているものを凌駕して、亡者や過去の存在が「今」に関与することは叶わないんじゃないかなあ」

 

なるほどなあ。

本当に肌身で自分で回収した本質や理を端的に言うと、なんだか世の中で浅く擦られた言葉と似ることが多いけど、今回の話も結構本質な気がする。

世界というものは生者という参加者をベースとして開かれた場所であるし、例えば葬式なんかも生者が亡者との間に自分なりに楔を打つための、実はなによりも遺された生者が主役の儀式だとか言うしな。

 

 

そこからの帰り道は、求祈が倒れそうな顔をしてるのに不安を抱きながら「とくに終盤の乙骨の言動なんて、一番化け物だよね」とか「宿儺は自分を呪いだと言うけどさ、呪いの源の恥辱とか後悔とか復讐心とか怯えとか、ああいう類いとはむしろ真逆だよね、暗喩的なのかな?」などとボソボソ喋りながら歩いた。

 

 

 

 

家に着いて、わたしは流石にもう待てないのでちょっと書類とか本とか触ってもいい?と開口一番に口にした。

 

 台所の空き缶をすすいでゴミ袋を引っ張り出してつぎつぎ放り込んだ。部屋中に散らばった、役所や年金や病院関係のめちゃくちゃ大事な書類はとりあえずデカめのフリーザーパックにいれた。処方箋を効能ごとにまとめて、お薬手帳に貼るシールを別に仕分けして、同じ種類でもミリ数が違う精神薬はまた別にした。本を一旦ぜんぶ箱から出して、うまい感じに並べるとはみ出していた本も割と箱に収まった。コロコロローラーで布団の下や部屋の角の髪の毛をぜんぶ絡めとる。割れた鏡は包んでそれも下手な袋を出して捨てる。いくつもできたゴミ袋の口をむすぶ。

 

 

なかなか退院して戻ってきたときに絶望せずに戻れる部屋になった。わたしはようやく自分の持ってきた本を何冊も並べた。

 

「どれがいい?ちなみに、人生で至高だったのは、このふがいない僕は空を見たって小説。だけど、目が滑るならさくらももこがおすすめ。 そもそもめちゃくちゃ面白いし。まして閉鎖にはいるなんて時にはこれくらいユーモラスな感じで鬱に向き合わないとやばいからね、言われなくても入院生活のつらさはわかってるとは思うけど、一応」

 

求祈は他の全ての本のページも繰ったあとに、さくももこの『ひとりずもう』を選んだ。

もう外は真っ暗に近く、夜の鈍重な闇の気配がした。はやく帰らないと戻れなくなる。

 

私は、

じゃあそろそろ行くね、また病院に手紙でも書くよ、あ、あそこは長期だからスマホOKだったな私の病棟は。もし電話とかしたければ事前に連絡してくれたら調節するから、まあとにかくあそこはAとBで食事をたまに自己選択できるしきっと良くなるよ、大丈夫、とりあえず落ち着いたら連絡してくれ、私はそろそろ行かないとだからまた今度会おうね、

とすごく早口でまくしたてながら赤い厚底に人差し指を突っ込みながら靴を履いた。

 

 

求祈。

「モトキ」

 

(彼が自分の実名の漢字が好きじゃないらしくて、わたしが音はそのままに名前だけ二人間ではこう著すことにした)

 

 

 

 

 

 

またあの部屋に「退院」して戻って「生存」がもう一度行われることを求めて、私は京王線に揺られながらひたすら祈って、すこし泣いた。

 

 

f:id:only_skin_deep:20240920132415j:image