それはクリーム色だった。秋も過ぎ、指先がちぎれるかと思う寒さがわたしを囲むようになった。冬の空は、もっと鼠の色をしてるんだと思っていた。こんなにこっくりした脂肪をたくわえた雲と光と、そのおくにあるほどけた空。
朝、目が覚めるとわたしの恋人はふとい黒縁の眼鏡をかけて、パソコンを睨んでいた。寝床から首をぱたん、と真横に傾けると介の顔が良くみえる。介は数学科の院生で、修士論文の提出のために日々手書きの原稿をかいては、それをコンピュータに打ち込んでいる。ひたすら、眺めつづけていると、ふと視線がななめ下に降りてきて介の頬がかすかにゆるんだ。
「おはよう。朝ごはんはどうする。」
「まだ要らない。お水だけ飲みたい。」
介は健やかな脚を感じさせるように動く。介のまわりは、ひょっとして特別に重力が弱いのかもしれない。介が椅子をひいて台所へ行き、陶器のコップに水を注ぐ音が聞こえた。冷蔵庫の吸盤がはがれた音がする。なにか探しているのだろう。
「はい。蜜柑はたべる?キウイも持ってきた。包丁あるから自分で剥いて。」
「ありがとう。」
「俺が剥くと実がぜんぶ無くなっちゃうからさ。」
介ははにかんで、わたしの前の机に果物を置いた。みどり色をしたキウイに、刃を立てながらむこう岸を覗くと、またむずかしい顔をしてキーボードを規則正しく鳴らす介がいた。
「きょうのご予定は?」
すこし冗談めかしながら介の座る椅子に近づく。介の瞳がわたしを映す。そうすると、安堵の基盤にやっと戻ってきた感じがする。
「午後から院生室に行って夜は宮内くんとメシ食ってくるかな。加藤さんは?」
「わたしはいつも通りなんもしない。本読んでコインランドリーにでも行って洗濯はしようかな。」
言い終わってすぐ、介の寝癖のついた髪を撫でて、そのまま首のうしろに両腕をまわす。論文の邪魔になって申し訳ないと思うけれど、なんだか介とのあいだにながい糸が垂れているようで無理やり手繰り寄せたくなってしまう。介が机を奥に押しやって、わたしが膝のうえに乗れる隙間をもうける。敢えて無垢な顔を装ってゆっくり腰をおろす。じっとみつめていると、介の慎ましやかなキスが、やがて瞼に降りてくる。