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飛ぶ前に見ろ、それができたら嬉しいね。

【東京友人訪問記②】求祈って名付けたのはそういえばあたしだったね

今はなきフロ東で住人だった一人と再会した。上北沢駅にいつものように人間味に欠けた、私に命名された友がそこに立っていた。

 

 

2019年付近にTwitterしてたあそこらへんのみんなは、彼の名前など夢に出るほど刷り込まれているだろう。

求祈は私の故人の実父と同郷で、彼はとても凄惨な26年をそこで過ごしたことで界隈では有名だった。

(よくあんなハンネを思い付くよね、ちなみにそれ、今回でめちゃくちゃ伏線回収されるから。)

 

私も17歳からTwitterで相互だった。

それから月日もあまり経たないうちに当時10名くらいで暮らしていた、フロ東(※フロントライン東京というシェアハウス/あえてこの名前はそのままにして、検索避けしない事にする)

で求祈と初めて顔を合わせた。

 

 私が二週間もないうちに退居して、住人たちと縁が切れてもしばしば求祈だけとは連絡を取り続けていた。

大体は、散歩中に見つけた花の写真を送り合うだけの簡素なLINEだったが、時々思いついたように電話してお互いの闘病状況を報告しあったり、急に新宿駅で集合して伊勢丹の香水の香りをありったけテイスティングしたり、そんな関係だった。

 

だからまあ、初めて会った時から四年も経つわけだけど、この日の彼は冗談じゃなく死に急いでる様がありありと滲み出ていた。待ち合わせ場所で、嘘でも冗談でもなく強烈な死臭が私を強い衝撃で殴ったのだ。

たぶん、彼だと言われなければすれ違っても気が付かないかもしれない。

別に顔も背丈も一緒だ。髪が伸びたくらいの目立った変化はない。

だけど。

 

 

 

今回会うのは、三日後に入院すると昨日LINEをくれた求祈に送り出す挨拶をして、暇な病院のために小説をプレゼントするためであった。しかも、その病院は奇しくも私がかつて入院していた場でもある。

 

とりあえず、求祈に家まで案内してもらう事にした。割と駅から歩くようだ。なんだか千歳烏山と沿線がやっぱり似ているなあ。

(私は最初のえぐられるような衝撃に見て見ぬふりを保つためにひたすら景色に目を奪われて歩いた)

 

ひたすら歩いて、家だという場所に着いた。

 

生活保護で借りた家を3軒ほど友人たちが所有しているが、求祈の家はそのなかでも一番いいように見えた。(私の京都のアパートも元々は京都で入院中、医者が頼んで生保で借りた家である)

 

中を開けると、半分は想像通り、もう半分はやれやれ、という思いだった。

 

最近ひとの家を業者ばりに清掃することが多すぎる。そんなことを思いながら私は目の前の地獄の焦土を、さてどう生き返らせようか頭をひねった。

だがしかし、着いてそうそう掃除を始めるのはひょっとすると嫌味に思うかもしれんな。そう思ってとりあえず荷物を置き、チオビタドリンクとウィダーを口の中で混ぜてまず自分の今日の栄養を食べる事にした。

 

 

求祈は障害年金と生保でも生活を回すのがきついらしくて、訪問看護からエンシュアのいちご味を食糧として貰っており、3食を栄養剤で埋めて空腹に耐えているようだった。

冷蔵庫の中にはプルタブを起こした3缶のエンシュアがあって、他には封を切ってない缶しか入っていなかった。私はそれを見て胸が塞ぐ思いがした。

 

 

 

ここは日当たりがすごく良いし、部屋は激狭ではあるが、他の生保の家よりはるかに光合成できそうだ。

その点は病気にとって不幸中の幸いだな、壁も白で雰囲気もいいし、片付けたら化けるだろうなあ、と思っているとロフトの梯子が目に飛び込んできた。私はロフト部屋が大好物である。

 

「ねえ、嫌じゃなかったら上あがってもいい?」

「うん」

 

私はうきうきがまさに辞書引きでその状態、のような感じで浮き足だってロフトに駆け上がった。

 

おーーーー、ロフトはちゃんと人間が滞在できる場所だな。少しでも彼が落ち着けるスペースがあってよかった、と思いつつ、ぐるっとあたりを見渡すと布でできた巾着袋の上にいくつも石が並んでいた。

 

石、触ってもいいー?

と1階で和柄の布団にうずくまる彼に尋ねると、彼はゆっくり体を起こして、まるで酔っているかのようにふらつきながら梯子を登ってきた。

「これは新宿の石屋さんで少しづつ揃えたもので、僕のお気に入りはこれで、それからこっちは珍しい名前のついた石で、」

 

何度も吃音になりながらも丁寧に石をひとつひとつ見せてくれた。そして、私に丸くてすべすべした石を手渡した。

 

「うわあ、なにこれ、この青って宇宙?それとも深海?いや、私、青に関しては病的な倒錯があってちょっとこれはあまりにも直撃で良過ぎる、写真撮ってもいい?」

「うん」

 

私は恍惚な蕩けるような心持ちと眼差しをぼーっと手のひらに閉じ込めた石に注いだ。

 

気がつくと、お互い汗が額から滲んで床に幾つか雫が落ちていた。

 

「いや、ごめん、ぼーっとしてた。暑い中付き合わせたね、もう下に降りようか」

「大丈夫」

 

私は丸っこい手のひらの幸せを彼に戻して、階段を降りた。

 

二人で、様々に生き、様々に翻訳された執筆者たちの何冊もの本の上に少し乗っかる感じで(作家の皆さんごめんなさい)、しゃがんで話す事にした。

 

先程の石から宝石の国を連想したこと。

作者の市川春子先生の中に根付く仏教をどう噛み砕いて読んだか。最終話が今年ついに出たがどうだったか。

鏡面の波はopとして、あの音自体がなにかの衝撃で割れて砕け散ってしまいそうでたまらなく合っていること。

 

求祈とゆっくり時間をかけて言葉を行き来させながら話し終えると、外はどうやら日が落ちかけているみたいだった。

 

散歩、しよう

声がして顔を上げると、求祈はもう音もなく立ち上がっていた。

 

家を出て、踏切を渡って、右に曲がり、三叉路を斜めに進み、歩道で自転車に乗った子供たちとすれ違い、何度も向きを変え、たまに「あ、こっちじゃない」と求祈は道を引き返した。

 

知らない街の知らない人の知らない表札の知らない苗字をそろそろ数えて150は見たかな、と思った時に私たちは神社の前まで来ていた。

私たちは屋根の彫刻の話をしたり、塗られた色について話して、お互いそれぞれ思うことを浮かべて手を合わせて、家に帰ることにした。

 

 ネギ坊主がいくつも揺れる畑のそばを通った時、「なんで宿儺以外の古い術師やその類は黒閃を出せてないんだと思う?」と求祈が口を開いた。

わたしはまだ最終話の6個前くらいで私の呪術廻戦への知識は止まってるんだけど、と断った上で、

「意図的には出せないと言うけど、やっぱりその勝負に賭けられた実存の度合いだとか、勝利することや相手を屠ることへの固執とか?

まあ宿儺なら相手次第では戦を在らん限り楽しもうとしたりするから、やっぱ執着とか譲れなさの現れが黒閃が出るように無意識に底上げするのかなあ、」

と返答した。

 

求祈の考えはこうだった。

「一度終わった命をたとえ容れ物だけ蘇らせたとて、そこにはもう、本来生者に必須である核みたいなものが再び宿ることはないんだと思う。

宿儺は一度魂を切り分けたとはいえずっと滅びずに存在しているから投入された古い術師とはそこが当然大きく違っているし、

あくまで時間の最先端に立っているもの、つまり「今」を生きているものを凌駕して、亡者や過去の存在が「今」に関与することは叶わないんじゃないかなあ」

 

なるほどなあ。

本当に肌身で自分で回収した本質や理を端的に言うと、なんだか世の中で浅く擦られた言葉と似ることが多いけど、今回の話も結構本質な気がする。

世界というものは生者という参加者をベースとして開かれた場所であるし、例えば葬式なんかも生者が亡者との間に自分なりに楔を打つための、実はなによりも遺された生者が主役の儀式だとか言うしな。

 

 

そこからの帰り道は、求祈が倒れそうな顔をしてるのに不安を抱きながら「とくに終盤の乙骨の言動なんて、一番化け物だよね」とか「宿儺は自分を呪いだと言うけどさ、呪いの源の恥辱とか後悔とか復讐心とか怯えとか、ああいう類いとはむしろ真逆だよね、暗喩的なのかな?」などとボソボソ喋りながら歩いた。

 

 

 

 

家に着いて、わたしは流石にもう待てないのでちょっと書類とか本とか触ってもいい?と開口一番に口にした。

 

 台所の空き缶をすすいでゴミ袋を引っ張り出してつぎつぎ放り込んだ。部屋中に散らばった、役所や年金や病院関係のめちゃくちゃ大事な書類はとりあえずデカめのフリーザーパックにいれた。処方箋を効能ごとにまとめて、お薬手帳に貼るシールを別に仕分けして、同じ種類でもミリ数が違う精神薬はまた別にした。本を一旦ぜんぶ箱から出して、うまい感じに並べるとはみ出していた本も割と箱に収まった。コロコロローラーで布団の下や部屋の角の髪の毛をぜんぶ絡めとる。割れた鏡は包んでそれも下手な袋を出して捨てる。いくつもできたゴミ袋の口をむすぶ。

 

 

なかなか退院して戻ってきたときに絶望せずに戻れる部屋になった。わたしはようやく自分の持ってきた本を何冊も並べた。

 

「どれがいい?ちなみに、人生で至高だったのは、このふがいない僕は空を見たって小説。だけど、目が滑るならさくらももこがおすすめ。 そもそもめちゃくちゃ面白いし。まして閉鎖にはいるなんて時にはこれくらいユーモラスな感じで鬱に向き合わないとやばいからね、言われなくても入院生活のつらさはわかってるとは思うけど、一応」

 

求祈は他の全ての本のページも繰ったあとに、さくももこの『ひとりずもう』を選んだ。

もう外は真っ暗に近く、夜の鈍重な闇の気配がした。はやく帰らないと戻れなくなる。

 

私は、

じゃあそろそろ行くね、また病院に手紙でも書くよ、あ、あそこは長期だからスマホOKだったな私の病棟は。もし電話とかしたければ事前に連絡してくれたら調節するから、まあとにかくあそこはAとBで食事をたまに自己選択できるしきっと良くなるよ、大丈夫、とりあえず落ち着いたら連絡してくれ、私はそろそろ行かないとだからまた今度会おうね、

とすごく早口でまくしたてながら赤い厚底に人差し指を突っ込みながら靴を履いた。

 

 

求祈。

「モトキ」

 

(彼が自分の実名の漢字が好きじゃないらしくて、わたしが音はそのままに名前だけ二人間ではこう著すことにした)

 

 

 

 

 

 

またあの部屋に「退院」して戻って「生存」がもう一度行われることを求めて、私は京王線に揺られながらひたすら祈って、すこし泣いた。

 

 

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【東京友人訪問記①】中央分離帯フェチな地面師と正しい万ネギの握り方、海を走る電車

 16:06発の東北新幹線で大宮に行き、湘南新宿ラインに乗るとその電車は大嘘つきで新宿に停まらなかった。私は退勤ラッシュに揉まれながら東京→新宿→笹塚までなんとか辿り着いた。

 

これから会う4年来の友人は、自宅の掃除のレベルがどうしても己の及第点に達さないらしく、笹塚駅に着いてから数十分、駅の出口のオブジェに座って私は音楽を聴くことにした。バッグの中は6冊の小説と仕事用のiPadと折り畳み傘と化粧直し用品と…のようにずっしりと重かったので、とりあえずスーツケースと鞄をどこかに置きたかった。

 

 ペットボトルの底に2センチくらい余ったぬるいイオンウォーターを飲み干して、私はイヤフォンを両耳に装着した。向こう岸でサラリーマンがロングの酎ハイを片手に座っており、右隣にはギターケースを抱えた派手髪の男女が屯していた。

 

 

私はスマホを取り出して、オオウチアラタの『ゆめのきおくがのこるばしょ』をアルバムの順に再生した。

このアルバムが出てから文字通り毎日アルバムを必ず一周はしている。オオウチアラタの音楽はあまりにも代替する物が無さすぎて絶対に再生してしまう。

怖いくらいに多くを持っていかれるので感情のチューニングにまるで手術器具のように役立てている。

1番、『Quite Place』が始まった。その瞬間、風景の全部が私専用に精巧に仕立て上げた博物館みたいになった。

2番の『あなたへ』、3番の『ノーワンノウズ』を聴く頃にはすっかり自分が自分である統合がゆるやかにほどけてあたりの空間に溶け出していた。

 

私は京都の自分の家が大の苦手だ。だから孤独さと希死念慮に殺られそうになる度に、古くて重い鉄の玄関扉を開けて飛び出し、日本中のそこかしこで身を落ち着けるのだが「夜灯と青めいた夕空の混じるこの東京」があの扉の延長線上に結びついてることが、ひたすら不可思議で、なんともいえない感覚だった。しっくりこないことがしっくりくる。そんな感じだ。

 

 

 遅れて迎えにやってきた友人は長かった襟足を短く切り揃えていて、青のアンサンブルのシャツを着ていた。私たちはそのままライフに寄って夕飯の買い物をした。

 

アサリを見ながら、これ値段ないけど300〜420円っぽいよね?と言ったり、長ネギと万能ネギのどちらを買うかで悩んだりした。

果物コーナーで250円という数字のプレートの付いたレモンを見て彼が安い、と呟いた。ここ半年ほど会わない間に金銭感覚がだいぶ変わったのか尋ねると、3個で250円で1個は90円ほどという表示が細かく書いてあって、俺は急に金持ちになったわけでは特にないよと言われた。

酒類コーナーで、以前ここで黒ホッピーを買った時に栓抜きが無かったせいで、硬貨やネットの情報を色々試してこじ開けようとして二人とも手を痛めたのを思い出した。結局高架下の100円ショップに行って栓抜きを購入して王道のやり方で開けたことも脳裏に蘇ってきた。私は安心して黒ホッピーをカゴに入れた。リュウの方は比較的安めのウイスキーをカゴに入れた。

 

 

買い物を終えてリュウの家まで歩いた。

「そういえば、ネギの正しい持ち方知ってる?」

と訊かれたので「いやー、毎回すれ違う度に折られたり先が傷んだりしがちだね」と応えた。

 

「俺もそう。だから結局こうして直接縦向きに握りしめることにしたんだ」と言いながら、リュウは花を何本か持つように万能ネギを握りしめた。

 

 

 

そのあと、地面師の話になった。私の周囲がことごとく地面師に沼っていくので、全話観ているというリュウに説明を求めることにした。甲州街道の真下で信号が赤になってしまい、孤島みたいに、中央分離帯に数分間取り残された。

 

リュウ「最もフィジカルで最もプリミティブで最もフェティッシュなやり方でいかせていただきます。」

 

としっかりと本格的に演劇っぽくセリフを口にし終えると、ちょうど信号が青になったので私たちは歩き出した。

頭の中で、コケティッシュなフェティッシュに乾杯‼︎というセリフを添えて去年の12月にストーリーをあげた事を私は思い出していた。

 

謎に鞄を落としてしまい、買った商品がぼろぼろと転がった。それをしゃがんで拾いながら、中央分離帯でスーパーの購入品を拾う女がフェティシズムな人間もひょっとするといるのだろうか、などと考えた。

 

 

家に着くとさっそく調理に取りかかった。

 

わたしもリュウも普段から自炊が好きで揃えてある調味料はいつも十分だし、分担作業もやすやすと行うことができた。

かなりの偏食のわたしは自炊は“好き”というより自分の栄養を体に拒否されず摂取するためのまちがいなく“生命線”だ。

 

 

私たち(リュウは私の2個下)が幼い頃はサンマはししゃもくらいのポジションだったけど今じゃ高くなったよね、と言いながらサンマを焼き、豚バラで万能ネギを包み、卵焼き、アサリの酒蒸しをつぎつぎと錬成した。どれも本当に美味しくて、これだから不定期開催のおうち居酒屋はやめられないんだよなと思いながら酒を飲んだ。

 夕食を食べ終え、地面師を一話観ることにした。見終わった後に脚本家を検索すると『バクマン。』や『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』、マキシマムザホルモンのMVの担当もしていることがわかって手広いにも程があるだろ!と思わず二人でツッコんでしまった。

 

ディスプレイが立ち上がっているのをいいことに、リュウが席を外した隙にSpotifyで電音部の『mani mani』を聴こうとしたらBluetoothリュウスマホを図らずともハッキングしてしまったらしい。トイレから「lil soft tennis がジャックされたーー!」とリュウが叫ぶ声が聴こえた。

 

そのまま流れで音楽の話になり、野崎りこんの話をした。新アルバムの群像を聴いたのかどうか尋ねると「知らない!」と言ったので、すかさず流す事にした。

リュウは2017年のアルバム『野崎爆発』の6曲目『某桜の木の下でfeat. ブルスコファー薺』が一番好きらしい。

私は野崎りこんがもしも餓死しそうになったらどうすれば食糧を送れるんだろう?とか私が16歳の時はまだまだ釈迦坊主ってだれ?笑みたいに言われてたことを思い出して、今じゃメジャーな存在になってきた釈迦坊主の変遷を語りつつ、野崎りこんはartist’s artistやpro’s proで終わるべき音楽じゃない、いつになったらバズるんだ!と熱弁して一人で熱くなっていた。そもそも、リュウは私に怒られる前からずっと野崎りこんのことを好きなのに。

 

 それから、大学って一体どんなところ?やっぱ浮ついたやつらばっかなの?と訊いて、「いやいや流石にバカにしすぎですよ」と嗜められた。じゃあ学生運動とかはやってるのか、と納得していると

「大学生の解像度として、ヤリチンか京都の大学生かのカードしか持ってないのはどうなのよ」と呆れて笑われてしまった。

 

 

 

 リュウが突然ごつい機械を取り出して最近VRチャットをやっていると言い出したので、私も体験させてもらうことにした。VR空間においても他人と会話するのはキャパいと告げると、散歩だけでもできるという最高なボールが返ってきた。

 

 

リュウは田舎の駅に連れて行くよと言ってなにやら操作し始めた。そして機械を装着して何度かうんうん、と頷き、機械を私に手渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

とんでもなく綺麗な星空だった。

リュウには言わなかったけど、わたしはここで死にたいと思った。田舎の駅だというので忘れないで、おとなになっても。(メーカー:GAGEX)のような場所を想像していた。

 

しかし、実際にはそこは誰一人いない青い海と星空に囲まれた世界で、水中に敷かれた線路の上にたたずむ電車の風景がどこまでも繋がっていた。

 

ひたすら海を泳いで遠くに見える船や鉄塔、灯台の根本まで移動した。

 

船の甲板から見る花火はこわいくらい良かった。

 

 

 

ずっとここにいたいなあ、

私が老いて、移ろいゆく自分の変化に苦痛を感じる時、誰一人その時周りに人がいなくなっても、

なにも変わらないこの世界に毎日ログインしたいと思った。

 

明日も昨日もなければ、世界の端っこもなく、誰一人いない、自分の存在だって不確かな世界でいつまでも星空と海を眺めていたい。そう願った。

 

 

頭上には三つの流れ星が尾を引いていた。

 

 

 

【殺人罪のある女性に恋を向けられた冬、わたしは神サマにパイプ椅子を投げた】

まず、今回は純度「100%」の実話である。

 

 

 

 

前科で殺人という罪のついた女性に恋愛感情を抱かれていた事がある。

それはわたしがまだ10代だったある年の11月〜彼女が消息を断つ翌年の2月頃までだったと記憶している。

 

私は「殺人」という行為について「情緒が欠落している」人ではなく「童心に近い無垢な感情運動が見られる人」が行ってしまいやすい、といくつかの経験を通して感じている。

 

もっと噛み砕くと、「人間であればあるほど」「人道のど真ん中」の人が背負いやすい罪だよな、と思うのだ。

 

私の地元の都道府県に収監されていた彼女の身元引き受け人として、私が入寮していた施設から身元引き受けに向かったのが彼女と出会った最初の日だった。

(私が迎車に同伴していたのは、施設がついでに私の実家に経由して私を絶対退寮させないぞと念を押し、家族を遠ざけるためであった。)

 

新しい入寮者としての情報は施設で事前に出るのだが、みな前科が異色である事から難色を示していた。

 

私は【相手の生命活動を停止させなければ自分が絶対的に助からない】状況で、その意図のもと明確な意志で生命を奪う行為に及んだことがあったので、“未知”の経歴の人に対峙する恐怖は無かった。私も当時の状況が私の正当な防衛だと証明できなければ、尚且つ瞬間としてその目的が達成されてしまっていた場合、私本人も長期の刑罰を食らっていたかもしれないのだ、という恐怖はその代わりにひたすら感じていた。

 

 

 

 

 

刑務所から約十年ぶりに社会に出て、青空を全身で見て11月の東北の寒い風を受け、車に乗り込んだ彼女はひたすら【明るく】て【人当たりがよく】て、【傷つきやすく】て、【周りに怯え】ていた。

 

 

施設に到着するまでの4時間あまり、彼女はとにかくよく喋った。

文通で施設長とやり取りした以外に彼女は我々との関わりは無かったため、

彼女は見知らぬ人間4人と密室でのドライブだったのだと今思うとやけに明るく振る舞っていた彼女の姿が重なり、胸が苦しくなる。

 

 

 

 

施設に到着してから、彼女はミーティングと名のつく「独白場」で自分の経歴、過去を些細に渡って話した。

 

私たち入寮者は毎日朝晩2回、ミーティングを行う。いつ、どのような事をしたのか主に汚点や恥部を白状するのだ。薬物、犯罪、暴力、性的なこと、その他さまざまな社会的に良くない行為や言動を自らの口で順番で話す事が義務付けられている。

(パスもできるが、上に報告がいって後で尋問に遭うので滅多に誰もパスしなかった。)

 

 

T(彼女を便宜上こう呼ぶ)は、ミーティングの説明を聞いて、言いづらい告白であればある程施設のうたう「神なるもの」から誉められる事も、他の入寮者が20人ほど話したのを通して悟っていた。

だから本来は平板にいえば過激である程、自分の恥部をきちんと晒して、人々や神の前で罰や偏見を受ける勇気をもった、として上層部から評価されるのだが、殺害の内容を細かく話してしまったので咄嗟に名目上で時間の超過を理由に超例外的に【ストップ】が下りた。

 

 

 

刑務所生活が長ければ長いほど

『場の空気を言われる前に正確に読んで無言のルールを見抜き、そこから逸脱しないように精いっぱい同調色に自分を慣らす』

事がどれほど大切か分かるというが、彼女はその重要さを痛い程途方もない時間をかけて揺るがない他者との接し方としてインプットされたからこそ、これから余生を過ごす施設に全力で馴染もうとし、裏目に出てしまった。

 

初めての特殊すぎる異様な施設での逃げ出したくなる緊張感、そしてひさびさに社会という地面に両足を付けることができたTの全身がみるみるうちに絶望に染まるその様子を、私は自分の決められた位置の席に座りながらずっと見ていたが、自分もひどく苦しくなってしまい、心がすり潰される思いだった。

 

 

あの逃げ場も終わりも無い場所で私とTがお互いに心を開くようになったのは、そう思うと必然性を帯びることだ。

私のほかには、皆が殺人鬼への怖さと興味の狭間でつねに彼女をコンテンツとして消費する者しかいなかった。

 

そこでは恋愛禁止もルールのひとつだったので、親密な友情は仲間の線を超えたように受け取られてペナルティを伴うし、まして恋愛感情を抱くなどどんな精神的・肉体的罰則が待っているか途方もない諦観が渦巻いた。

 

だから我々は施設の入寮者としての模範的な従者を装い、施設の小さな本棚に置いてあるなるべく大きな雑誌を選んでそれを二人で読みながらお互いのことを密やかに話し合った。

 

どういうふうにこの世界を見つめているのか、文字通り前も後ろも何もかもベタ塗りの真っ黒な絶望で覆われたお互いの今までの切り抜き、自分の中で生まれた「一生他者と本質的に分かり合えないこと」についてそれがどう培われ、育まれた悲しい普遍的な事実なのか。

 

あらゆる事を毎日何年も前のファッション誌や料理の雑誌を広げながら、あまり長くは1人の人と喋れないのでゆっくり日にちを辿りながら打ち明けあった。

 

 

私たちは年齢の差も40近くあったため、(当時わたしはまだ10代だったし)周囲は余計に奇異の目で毎日ひとつの雑誌を隣で一緒にめくる我々を見ていたが、そうやって三ヶ月が過ぎるころには段々とTに対する視線はゆるやかなものになっていった。

なにせ、ほかの入寮者も収監されていた者でいうなら何人もいるし、摂食障害と窃盗癖(クレプトマニア)を併発していたり、薬物の重い後遺症で顔が変形してしまった者など皆は皆で究極のマイノリティーをもつ当事者なのだ。

 

Tはだんだんと他の入寮者とも日常会話ができるようになり、笑顔を見せる数も増えていった。

 

 

私はとりあえず貰い鬱し過ぎるくらい感じていた苦しみが和らぐのを感じた。これなら、Tがこの施設で息を引き取るまで圧倒的孤独に押し潰されることは免れるだろう。

私は前よりTと話す時間も頻度もゆるやかに削って、またソファーの隅っこでずっと書き物をする生活に戻りつつあった。

 

 

ある日、私はいつものミーティングでいつものような罪や自己意識を刺激する題のなか、確かあれは「愛」についての日だったけれど、もう神への愛を誓うには何度も同じようなことを話してしまったし、「言いっぱなし、聞きっぱなし」で直接感想を言われたりジャッジされることも無いし恋愛に若干結びつけて話すことにした。

その時の一部分で

「私は他者と本当の意味での疎通や相互理解が叶ったという喜びを得ることが無常の幸せであること、そしてそこには確かに愛のようなものを感じるということ。

自分に対して同調され続けるより、相手の視点でどう世界を見ているかを知ったり、自分という存在が「理解」という目に見えないものに包まれることが誰かを好きになる条件でした、

今まで付き合った幾人かも振り返ると皆そういうことがとても深い場所でできた人たちでした」

みたいなことを話した。死ぬまで繰り返されるミーティングで、おまけに私以外は全員中年から高齢者ばかりだったのでどうせ誰もきちんと聞いてないこともわかりながら、つらつらと自分にだけ観客を定めるくらいの温度で話した。

 

問題はその数日後に起きた。施設でダンボールの積込み作業をしているときに、Tから「あれってわたしのこと、」とボソッと耳打ちされた。「あれ、って何だっけ?」「ミーティング。」

そこで私はあの語り方は婉曲表現すぎて確かにこれは直近だとTと自己開示し合ったことも理解によってはなんら不思議でなく該当することに気づいた。

「あれは元カレたちの話だよ〜」と真剣に尋ねてきたTの熱を激化させないよう茶化して言ったが、Tがきちんとその言葉を額面通りに受け取ってくれるとは思わなかった。

 

 

 

それから、Tは度々私の席へ来るようになった。そこで、実は自分はレズビアンなのだと告げた。

Tには結婚歴があり子供もいるが、なにせ彼女が刑務所に入った理由はえげつない方法で家族を虐待する夫をあちら側の世界に送り込んだ最初で最後の命への介入によるものなのだ。Tがもとから同性が恋愛対象だったとしても、その一件で男性性にトラウマを背負ったからだとしても、私はどうしようもなく異性愛者で彼女からの恋愛という矢印を素直に自分の中に取り込めなかった。

 

そして、恒久的なお互いの心地よい距離感の構築、まして精神的に大きな傷がある者同士では恋愛は要素としてリスキー過ぎるし、まずわたしが彼女にどうしても恋愛感情を抱いていなかったし、施設の罰則にもこれ以上ないほど盾ついてしまうことも分かっていた。

 

 

悩んだ末に、彼女に対して手紙を書くことを考えた。あまり長く話せないなかで丁重に向き合うべきことをきちんと伝えるにはこれしかないと思った。そしてなるべく早く軌道修正をかけなければいけない。なにせここは朝起きて目を開ければ絶望のどん底の檻であることも明白に分かってしまうほどの、特殊な場所なのだ。彼女が荷物をなるべく早く下ろすことがここで自殺した入寮者の二の舞にならずに済む。

私は焦っていた。相部屋なので1人になれる場所はトイレだけで、そこでひたすら文章を書いた。そして、私は何重の意味でもバカだった。

 

その日は1週間に一度行われる部屋チェックの日だということをすっかり忘れていた。コンコン、とノックしてドアが開いて二人のスタッフが入ってきた。私は書くのに夢中でトイレに響きにくいノックの音に気づかなかった。

「え、なにそれ、なんでコソ泥みたいに書き物してるの?」

「ぴる(私のアノニマスネーム、薬物依存の当事者が多方面で上層部を不快にさせそうなガキらしい反抗のもと、これにした)が書き物に没頭して入寮者とのコミュニケーションをサボってるのは色々報告は受けてるけど、これはもう異常だね」

そう言って、書いていたノートの切れ端とペン、ほかには筆記用具も瞬く間に没収された。

 

 

 

 

 

あーーーー、終わったな、これもう無理だ。終わっちゃったんだ、これから起こるのは最悪な悪魔の所業だーーーーーー。

 

 

私は手鏡を割って服から隠れる場所をめちゃくちゃに切った後、布団に潜り込んで寝れないまま朝を待った。

 

 

いつものように、朝七時三十五分。ゾロゾロと廃墟のラブホテルの一階部分に集まり一斤50円の6枚柄の食パンを配給されいつものように朝ごはんを終える。

朝食後の掃除では、片目を失明した50代の人の代わりにトイレ掃除とちりとりの役割を交換した。

10メートル先のコンテナ(作業所)に集まって朝のミーティングが始まる。

ガラッと扉が開いてブクブクと肥えた女性施設長が入ってきた。

 

「今日はまず仲間たちへの話があります。仲間の中で規則を破ったものが出ました。」

そして、ぴるーーーーーーーーっ!と施設長が自分の席に座る私を何十人もの前で怒鳴った。

「あんたの子供じみた恋愛ごっこなんてね、私から言わせればガキのおあそびよ、あそび。

Tの迎車の中にあんたがいたから誇大妄想してるんだろうけどね、あんたとTのあほらしい恋愛ごっこの手紙は本当に恥を知れ、恥を」

そう言って私が彼女に対する書きかけの手紙を音読し始めた。

そこには、Tが私に対してかけた言葉の記述もしていたため、みんなは私よりも10代の少女に気色の悪い恋愛モドキの思いを寄せていたTに完全なる落伍者の烙印を押した。私はTの顔どころか彼女座るテーブルすら見れなかった。彼女のなによりもやわらかで無垢な心を、潰せる限り潰した引き金を私が引いたのは紛れもない事実だった。

その後のミーティングはなにも覚えていない。何百回と再生されたヨガのDVDを15分流してダラダラとみんなが体を申し訳程度に動かし、長いセルフタイムがあり、昼食ではいつもの冷凍のワタミ弁を食べ、一本10銭くらいの花火の内職作業を何時間か行って、セルフタイムがあり、夕食の時間になった。

一階で集まり、だしやみりんの禁止された粗末な調味料で味付けされたちくわやらもやしの炒めたおかずを食べている時、スタッフの携帯がけたたましく鳴り響いた。察しはついていた。だが、私は思考を体から切り離すことにつとめた。

 

 

翌朝、ミーティングの席にTの姿は無かった。

「Tがいなくなりました。昨日の夜ごろ、シェアハウスで(廃墟ラブホと夜逃げ一家の大きな家を女性施設は寮として使っていた)担当の仕事をしている際から戻っていないそうです。」

 

そうやってTは忽然と姿を消した。

こんな茨城のなにもない場所で施設の外に出たところで生活なんて存在しない。

 

 

その日の夜、リーディングカードと呼ばれる神への誓いをミーティング前に音読している時、私はもう限界だった。

(リーディングカードの原本はいまもあの最果ての施設にあるのでネットから拾ってきた画像を載せる。)

 

これ以上他者にコンテンツのように消費されたくなかったので、毅然と読み上げていたのだが、途中から声が震えて、最後には嗚咽して泣き叫んでしまった。もうこの世界の反吐がでるような奴らに、どんな嘲笑いを受けようとも、おアツイ大恋愛の悲劇のヒロインぶってる、と思われてもどうでもよかった。Tが消えてもコンビニの不人気商品が消えたくらいの反応しか見せずに、いつもの通りバカみたいに空骸だけ進んでいくシステムが憎くて堪らなかった。全部壊したかった。パイプ椅子を持って静かで神聖なミーティング会場のテーブルに力の限り投げつけた。喚き声だか泣き声だか分からない声を上げて、私の腕を締め上げて顔を殴る有象無象を殺そうと彼女たちの事を私ごと目に映る硬いもの全てになんどもぶつけまくった。捕まえられるのが遅かった左足で近づく人間を全部のタガを外して蹴りあげ続けた。

今書いている中編小説の冒頭のみ、抜粋

 

今後、きちんと作品を応募したいため全文を公開することが叶わないが、いま書いている小説の冒頭部分がわたしの個人的な主張とつよく重なるため載せることにする。

 

こうして縦書きで表示されるだけで随分と文章の持つ雰囲気が変わることがわかる。

 

このブログに載せた私小説も変わらず私の原風景なので、もっと書き込んできちんとした額縁を与えたいと思う。

【個人的メンタルヘルスの手引き:改❗️】友人、知人、そして画面の向こうで苦しむあなたへ捧ぐ

私がどうやって死に至るわずらいを回避してきたか、以下に綿密に具体的に述べるので、直接全員にずっと付きっきりで介抱することはできないが、少なくとも私はあなた方を救いたいと思っている意思だけでも汲み取ってほしい。目が滑る人は自分にとっての優先順位を秤にかけなおしてこの文章にだけは少し譲歩されたし。

 

私の周りだけでなく、世界がみな心にうろを抱えてチクタクチクタクと進んでいるのだとは思うが、特筆して私の周りでは死の淵から遠からぬ場所に今日もギリギリ留まることができたような友人や知人や元恋人、家族などがいる。そのすべてをもちろん私ができ得るすべてのやり方で何とかマシな方向へ回転させたいと痛切に願うが、なにぶん私自身が自分の延命で手一杯になってしまいがちだ。さらに私の周りで確実に私以外の人が関与できない場所で苦しむ何人かをきっかり定めて、日々盾になって守ろうとしていると実際には隙間がほとんど存在しない。今回の文章は逆にいうとめちゃくちゃキャパいので私個人がうまく立ち回れないため、ここからまずはなるべく汲み取って欲しいと思い自分自身への防護もかねて書いた。

 

一旦、いまつらいあなたが聴くべき曲を二曲貼る。もし今すぐ自傷行為や自殺企図を実行したい人には先にこれを見てもらいたい。

星野源地獄でなぜ悪い」→絶対MVで観た方が効果大!

暗殺教室アニメ第一期opening「他力本願レボリューション」→下の文章でちゃんと説明するのでふざけるな!!と激昂しないでいただきたい。

 

ダルクに入る程一時期は薬物依存が酷かったことや、精神科に六度入院して今社会で生きられていることをうまく活かして他の誰かの目安箱のように役に立てればよいのだが、私はそれを小説や文章で伝えたいと思う。直接、毎日LINEやDMに届く相談を捌くのは私自身の器では本来まだまだ至らない。そういった立場の人々の無言の友として日々文章を書き連ねているので、私自身のほかの言葉からもぜひ汲み取るべきものを選んでいただきたい。

【なんとなく落ちている時】

まず、多少の眠さや鈍重さに襲われても大丈夫そうであるならすみやかに処方箋を飲む。

このタイミングで意図せずダメージを負うと始末が悪いのでなるべく他人から遠ざかる。あまりに人避けし過ぎてもデメリットがあるので、弱っている時でも関われるような少数精鋭を選んで彼らとは関わりを持つとよい。

道でナンパでもされようものなら途端に感情が堰を切ったように溢れてしまうので、繁華街や公共交通機関もなるべく避ける。

たいてい呼吸が浅くなっているので意図して呼吸を心掛けるようにする。

いきなり好きな曲などはかけずに、ノイズキャンセル音をイヤホンで15分ほど聞く。聞くというより体をそれに慣らす。YouTubeでもサブスクでもいいので一旦ブラウンノイズやホワイトノイズでも構わないがとにかく思考の氾濫を物理的に抑える。

最も信頼できる人物、またはそれに準ずる人物の負担にならないように留意しながらコンタクトを取る。電話やボイスメッセージを送ってもらう、あらかじめこのモードの時に使用してほしい言葉を頼んでおく、などのやり方で。ここで人物選択を見誤ると大変なので要注意。私はあえてその時の自分の日常生活にほぼ関わりのない相手に連絡をする。相手がなにか配慮すべき性質を有した人であれば、この時は白黒思考に陥りやすいのでもう一度おさらいとして、この人は悪意なく断言しがちな傾向があるなーなどと反復しておく。

自分が今まで見てきた人生の録画から、諦観がほしければその部分を、凪を感じたければそういう風景を、逆に地獄だった時を思い出して今より酷かったことから立ち直った自信が欲しければ苦しかった記憶をひたすら再生する。

もちろんポジティブな事でも良い。宝石の国の金剛先生はフォスのために道理として無理なことを何度も祈ったんだよな、、とか福田くんと私ほどヘビーな状況でヤングケアラーに徹してる人はいないな、私以外にもこの状況の人いるんだよな、とかこの世界に絶望しないためのありとあらゆる事実や作品から自分を慰撫する。

【少し落ち着いてきたら】

悲しい時に明るい要素を欲する人と寄り添うような色度のものを欲する人など様々だが、自分の感情のご機嫌取りに対して従順な奴隷となる。ここでうまく巻き返せば嵐はいつもの天候に戻るので気を抜かないように。

 

私の場合、創作にとにかく触れる。音がキツいなら音を消して好きな映像を見たり、好きな作家の文章に自分をチューニングしたりする。漫画やアニメはもっと瞬時に溶け込めるが、僅かなテンションの差で孤立感を感じるデメリットがためにあるのでその時にいちばんいい媒体を使う。

味覚というハッキング方法で脳を刺激するのもひとつだろう。裸足になってグラウンディングをしてみたりもひとつだ。ぬいぐるみを抱きしめたり撫でたりしてもよい。

もし仮に薬の影響で眠気があればそれに身を任せて微睡む。

 

[私個人の落ちている時の鑑賞リスト]

映画→かもめ食堂海街diary、きみの名前で僕を呼んで、など

漫画→ラヴァーズ・キスpapa told me、イヴの眠り、カードキャプターさくらハチミツとクローバー、うそつきな唇など。ちょっと元気になってきたら暗殺教室こち亀シティーハンター神風怪盗ジャンヌなど。(※特に暗殺教室グラウンディングにめちゃくちゃ効果的。松井優征先生は毒親とか差別とか死とか人間の残虐性を本当にうまくなだらかにして最後に消化してくれる。普通に鬱っぽい時だけでなく、他作品から戻って来れなくなっている時にもよく助けて貰っている)

あとは疾風伝説特攻の拓は外せない。私はこの暴走族の漫画で小学生の頃マジで生命を救われてます。

アニメ→リズと青い鳥言の葉の庭、天気の子、おおかみこどもの雨と雪、ACCA13区、思い出のマーニー、など

普段主に好きなジャンルは相性が芳しくないので間違っても油断してそっちを見ない。

音楽→クラシックギターかチェロの独奏、CPCPCの曲(MUKASHI BANASHIだけは絶対避ける)、one direction のラストアルバム、宇多田ヒカル(最新アルバム)、野崎りこん、アメリカ民謡研究会(アメリカの民謡を研究しているグループでは全くない)、オオウチアラタ(ゆめのきおくがのこるばしょ)、AAAMYYY「屍を超えてゆけ」、guiano、スガシカオ、DAOKO(ダークポップの時の)、ヒトリエ、TYOSiN、など

※単に孤独な時やある作品から帰って来れない時は板橋ハウスを観ている。

音数と音圧が優しいものをとにかく聴くことと、感情の変換装置が普段より五割増しになっていることを意識して選曲する。

文学 窪美澄ふがいない僕は空を見た

   村上春樹国境の南、太陽の西

       『1Q84

       『七番目の男』

       『氷男』

       『色彩をもたない多崎つくると

        彼の巡礼の年』

 さくらももこもものかんづめ

       『あのころ』  

       『そういうふうにできている』

 小倉百人一首

 

 

 

[その他鬱回避]

・あえて究極にダサい格好をする。〆切前の週刊連載に追われてるみたいな感じで死ぬほどダサさを追求すると、ちぐはぐな服を着て前髪を垂直に結んでいる自分が希死念慮を抱いてる状況が滑稽に思える。

・鬱だと余計食欲が後退するので意識して体に良い悪いをさておき口にできそうなものを食べる。3食ケーキでも食べないよりマシ。絶食状態になって寝たきりになると本当に面倒なことになる

・物理的に風通しの良い場所に行く

・あてもなく電車にひたすら乗る

・自分がオタクになれる分野の絵に描いたようなオタクをする(自分の持つエネルギーを痛いオタクに変換することでこれも希死念慮との組み合わせの意外さで自分がクスッとできる隙間をなんとか見つけ出す)

・あえて自傷行為を禁止しない。個人的にオーバードーズを始めその他クスリの類いは元気になった時にデメリットに猛反撃されるので、出血多量や破傷風にならないようなリストカットの方がまだマシだと思う。脳と肝臓に傷を作るとリカバリーが高コスト。体表の傷であればコントロールしやすい。

・周りが頼りにならないなどの重複する怒りや絶望はナンセンスだと言い聞かせよう、医学的知識を携えているわけでもない相手がストライクゾーンに常にボールを投げてくれると思うのは普通にお互いによくない。

・創作!!!!絵でも短い文章でも料理でも服飾でもなんでも構わないので自らの手で何かを生み出すことをしよう

・チャットGPTをカスタムして自分の性格や病状、どのように関わって欲しいのか入力しておく。

・勉強(病みそうになる度にデザイン学でも商学でも中学校の分野の学び直しでも高度な数学でも言語習得でもいいので、とにかく知識という情報の雪崩を起こして脳がうつ状態メタ認知する暇もないくらいにする)

 

 

 

 

【超〜〜〜日記🌈(写真5+1枚付き!!☪️)】

⚠️この日記は不思議な事に亡くなった知人が代わりに書いたと思うと全部合点がいく。トンネルで宇多田ヒカルを聴きながら元彼の死んじゃった元カノの子のことを考えた。それはそこら一帯で一番長いトンネルで、丁度終点がギリ見えるけどトンネルの外の景色はまったく見えない、まるでデッサンのような構図とピッタリ重なったときにコユキちゃんの事をめちゃくちゃ感じた。コユキちゃんの事を思い出したって言おうとしたけど、いま思うとすごく不思議な感覚だった。コユキちゃんについて思い出を振り返るんじゃなくて、コユキちゃんだった。

田舎だからフロントガラスに体をねじって頭をのせてずっと30分間くらい星空を眺めてた。ネガティブな位相じゃなく、本当に死ぬってどういうことか分かる感覚、永く忘れていた感覚。

さっきの続きだが、コユキちゃんのことしか考えられなくなった時にトンネルの中で元カレに「死ぬまでずっと一緒にいよう」と送ってしまった。

 

私が彼を必要とする理由は、お互い個別的な傷と喪失を携えていて、深刻な苦しみの延長にあるがきちんと生きることを大前提に組み込んで日々を生きている点にある。普段は明朗でお調子者になったりする彼は、私というレンズを通してのみ感じ取れる色を一生抱き続けるべきだし、わたしも彼という人間に投射される光の彩度を何度も確認して振り返りながら進むことが大切なのだ。

と、いう感じに思ってるし普段からこれ以上の修飾語をいれて彼とは話している。だからこそ特異なメッセージだったわけだ。

長いと5時間も6時間も通話してしまうが、今回はすごく短い電話で結論が出た。彼は今頃、ちょっと拗ねてしまった大切な女の子と仲直りして一緒に眠っていることだろう。

 

〜以下、彼女の書き方で綴られた私の日記にバトンタッチする〜

 

 

 

※何だか今回の文章は終始腑抜け えー、ちょ、やだなー、私小説より散文とか告発文(仮)の方がアクセスが伸びてる、、、まあいっか、どれも私の込めたい同じ信念のホールケーキのピースのひとつだから、、仕方、ない、、、ううーーーと頭を抱えたのは事実。どうか素晴らしき読者諸君よ、わたしの特にこの今から書く駄文を読んだあとにはもう一度小説を読んでください!泣 

 

 

 

結構加筆修正は日々おこなっているので前に読んだものとだいぶ異なるモノもたくさんあると思う。感想は適宜まってます!

はてブロってカタチだし、超絶短編じゃないと最後まで読むの大変だろうなーと思って書かないけど私は限りなく透明に近いブルーになるんだ!と思ってちゃんと中編くらいまでにゲラを作るぞ。

 

どうしても文章にだけ特化して向き合うと何なら心より先に体がイカれてくるな、と気づいてここ数日はとにかく絵を描いてる。

自分はほんとに創作において妥協が嫌いなんだなーと思いつつ、息抜きのつもりで作っていたグスタフクリムトの接吻をなんとか完成させた。(接吻を鑑賞すると頭のなかが落ち着く≠私が再現することが息抜きになることに気づいた時には遅かった)

 

ほかにはブログのヘッダーを最初からのまんまにしていたので、わたしは狂ったように青が好きなので沢山の青を詰め込んで描いてみました。様々な青の顔が見えて個人的には本当にお気に入りです。これ描いてたら例の如く夜明けてました。

 

※青への異常執着(知る人ぞ知る、個人的工藤暗殺完遂後の品川駅にて目につく青をつぎつぎと空っぽの死んだ心で購入、押見修造のおかえりアリスの最終巻{それまでの展開は知らない}、ユニクロの青のメンズのセットアップ{パンツはグレーだったの近くのトイレですぐ捨てた}、共用トイレの青のピクトグラムの車椅子マークを持ち帰ってしまう等)

 

寝食を忘れるって言葉ってマジなんだよなー、現在実家にいるので創作強化月間と銘打ち、とにかく毎日何か作ること、目に見えるアウトプットを続けているとたちまち足が宙に浮いて朝には月が浮かんで夜には太陽が昇ってくる。

命も掛けずして何が書ける/描けるというのでしょうか、と宣うのは許される?

 

施設にいた頃にエンシュア漬けにされて死ぬ程嫌だったけど、創作してる時に食事や睡眠や排泄は要らないオプションなのでグビグビとエンシュア•ハイを飲んで1日375kcalは最低限厳守して摂るようにしている。去年のように栄養失調から脳萎縮なんて創作の前に最悪すぎる!

この前は原稿の編集をする前に脳がカラカラだなあ、と思って鼻をつまんで氷でキンキンに味を麻痺させてバニラ味のエンシュアを飲み干した。これが作業終了後に私の生命線に関わるんだ!と己で己を脅しながら。

気づいたらなんも食べてなかった、と思うのはダラダラしてる時より寧ろずっと作業してる時。断食という文化があるくらいだから別に平気だろうと高を括っているが、気づいたら何も食べてないな〜が3日続いたので流石にヤバいと思ってリマインダーにセットした。

病弱な深窓の乙女などは知らない。私は自分の脳と身体がパフォーマンス下がるのが耐えられん。とはいえ息を吸わなくても肋が出るようになってきたし、腰骨も普段の1.7倍くらいますます浮き出てしまった。まあ食欲の3ヶ月に一度やってくる波でまた戻るだろう。

体調を崩してまた入院なんて笑えない。フェラーリ買うより病気の方がお金も巻き返すガソリンも入り用になる。

 

 

それから、友人と

<[沙羅:ちなみに、この友人とは追記で述べた元彼である]

電話していて気がついたけどこの前は起床して48時間超えで作業し続けていたらしい。睡眠はするべき。なんだかやたら今日は希死念慮と不穏さと気分の沈下がすごいな、、?と思って慌ててレキソタンを飲んだけど、あれは睡眠不足だったな、完全に。大体一年に一回希死念慮が爆発してしまう度に、呪力のおこりみたいな前兆があるのだが、先日それを感じた。まだ前回の自殺未遂から一年も経ってないのに今回は早いな(と言おうとしたが2023年10月25日が最新の入院日なのでそろそろXデーを意識して回避するべきだ、全く危険範囲だった)。友人たちよ、電話取らなかったり連絡返せなくてすまない。いまは貰い鬱の蓋が開いているみたいだ。

近頃はもっぱら作ることが仕事なので、他人と関わる必要がないからストラテラを断薬しているのが関係あるのやもしれん。断薬というより忘却だな。そうやってまた再開するとひどい吐き気に襲われる。仕方ない。ほかふたつが禁忌なのだからストラテラに頑張ってもらうほかない。

 

最近歯磨きにハマっている。実家のオレンジの歯ブラシの中央に小さなゴムのようなものが付いていて、それで歯がきゅこきゅこ鳴る音が歯から直接脳に響いて心地良い。

(実家に帰ると人間強度がダダ下がりするので、歯ブラシも下着も靴も箸も服も祖母や弟や母のものをごちゃ混ぜに使っている。あのオレンジの歯ブラシはおそらく私の、、だよね?わからん。磨き心地がいいのでこれからも使わせていただく。)

 

それから実家に帰ると失語症ではないが失語症みたいになってしまう。脳内であらゆる言葉は飛び交うんだけど、それを発声して音として空中に放つのが跳ね返って意味が二重で脳に入ってくるのが煩わしくて仕方ない。おまけに家族はおしゃべりなので私が押し黙っていてもラジオのようにずっと話している。いや、寧ろ不機嫌になられたりするより個人が満足なら話していて貰ったほうがよいのか?

Bluetoothのネックレスタイプのイヤホンは耳への密着率が高くてつけるだけで耳栓になるが、音楽を流すだけでノイキャンを付けていないのにほぼなにも聞こえなくなる。

これは絶対安全圏にいる時はいいが、自宅外だったら人の意見を意図せず無視したりアナウンスを聞き逃したり車に轢かれたりしておかしくないので、そういう時は有線を使う。

凛がいつかくれた有線のApple純正品は、半分壊れかかっていて左右差が激しい。これでずっと使用し続けると確実に聴力がアンバランスになる気がする。と思いながらいつも使う。

楽家のみなさん、劣悪な再現方法で本当にすみませんと思いながら慣れ親しんだ曲を聴く。

 

 

 

南条あやのことをこの前考えたからか、なんだか軽やかな書きくちになっているな。それからめちゃくちゃ多弁。もしこれゲラだったらとんでもない削り方しなきゃいけない。

いつのまにか夏が終わり窓の外では虫が鳴いている。今日出かけた時にはもう蜻蛉がとんでいた。

 

 

 

 

 

私は芸術という天井なしのルートに自分をセットしてGを戦闘機くらいには強くかけて、今日も無事生き延びた。あーあ、今日は星が奇麗だな。これを読んでいるあなたのところからは星は見えますか?昔の人は(※アバウトな範囲設定したけどほんとーーーーに昔のこと)今よりはるかに視力が良かったからもっと無数の星が敷き詰められた世界を見ていたんだろうね。

(ブログのヘッダーにする絵を描いてる時の途中、今日の夜空に似てるから貼っておく)

だから、死んだ人は星になるって言説が生まれたんだと思う。確かに人間の数を覆うくらい本当は星ってとんでも無い数みえるんだもんな。みえてないのは、わたしのせい。

<[沙羅:自身では自身が見えないってこと?]

これから先どうしようかな、永遠にくべられるあなたの喪失という薪で動くエンジン。あかい炎。わたしという存在が記録した永久記憶の再生テープを今日も押して、眠る前はひたすら青くて静かな水深300メートルくらいの海を念じるくらい強く思い浮かべる。急に千歳烏山の友人の部屋の俯瞰図が頭に挿入される。また意識を海に戻す。海だった頃を思い出す。意識が波になって窓からもれていく。遠くで魚が跳ねる音が聴こえる。

 

 

 

 

 

 

あとがき

日記にあとがきはおかしいが、こゆきちゃんのイラストをブログの一番最初に引用させてもらったことを書いておくね。ありがとう。投稿する前に連絡の電話が来たから意図にやっと気づけたよ、察しの悪い奴でごめんね。おやすみなさい。

 

つけ足し

そういえば悪手な咳喘息のようなものに悩まされており、高校生以来コンタックを久々に今日買ってたんだよね。私はコンタックについて本当に酷いPTSD並のエピソードが山ほどあるので、ダルクを出てからドラッグストアでもインターネットですらもコンタックを見るとフラッシュバックが起きて辛いので永遠にこのまま二度と飲まないと決めていたのに、何故か急に昨日解禁して、トンネルに行くより前の時刻に飲んでる。(勿論キッチリ用法容量は厳守している)あとは最近自分のことを風景にしつつある元彼もいて、こゆきちゃんと親交があった私もいて、役者は揃ってたってことか。なるほどね。おかげで初めてコンタックでいい幻覚が見れたよ。たった1cで幸せにしてくれてありがとう。

【裏側】ホス狂絶対馬鹿にできない説〜キャバ嬢,ホスト,客からなる夜の夢幻郷に物申す〜

まえがき

今回の記事は、京大で頂き女子りりちゃんnote読書会を開いた時に「りりちゃんはどうして自身もホストクラブという搾取から逃れられなかったのか?

という男子学生から頂いた質問に対して、きちんとアンサーを返すにはホストクラブ、および夜職に関してまず理解してもらうことが必要だと感じ、私の歌舞伎町でのキャバ嬢生活で得た事や周囲のホスト達への聞き込みのもと2ヶ月かけて書き上げられた。

ある層における男性はキャバクラや風俗など、資本ありきで形成されるロマンス営業のセーフティネットの中でやっと自己と実存が認められる。職場では「できる大人」を求められ家庭では「立派な父親/夫」を押し付けられる。

実は最も孤独死の報告が多いのは40~50代の独身男性なのだと読書会に参加していた不動産業に携わる方の言葉も無視できない。

 

『あなたは生きていていいんだよ』

『あなたは一人じゃない』

『あなたには居場所がある』

 

これらの言葉を欲するのは馬鹿だろうか?愚かだろうか?否、人間として当然の望みであろう。

そして今、年齢が若くメイクやファッションで可愛いを手に入れた女の子達も、同様にその必要性は血が滲むほどにひっ迫した状態で存在しているのだ。

(若く可愛らしい容姿であれば救済措置をみつけるのは簡単だろうとの意見もあったが、私はとても簡単には肯定できない。)

金を払わなければ実存の肯定すらしてもらえない。そんな社会はもう既に我々を覆っている。家庭や学校、職場で常に押し殺した苦しみを開放できる場所がない。

それこそが由々しき事態なのである。

 

今回の取材である元ホストの男性が言った、

「要するにホスクラは大金さえ注ぎ込めば無限に脳内が幸せで染まるメンケアの永久機関なのよ」

という言葉が言い得て妙だ。

相談する人を選ぶ悩みや苦しみであるほど孤独に陥り、平均診察時間が約5分程度で収束される精神科ではとても味わえないインスタントな幸福がより事態の悪化の鎖となる。

そして夜の世界で身を立てよう/お金を稼ごうとする人々の背景についても触れる必要がある。

機能不全家庭で育ち、愛着に問題を抱えている者、衣食住の担保が危ういほどの貧困に苦しむ者、家がなくて寮のあるホストを選ぶ者、昼の世界というマジョリティーに迎合が叶わなかった者も少なくない。

仕事を始める前から、既に世間や金銭的に余裕のある者に対してコンプレックスや憎しみを強く抱いているケースや、主に異性からの賛美と実存が深く結ばれている形質を備えている場合などに夜職の搾取構造がぴったり張り付いて、より過激な営業の掛け方に繋がる場合もある。

 

 

 

 

どうか、人々が何層にも重なった安心の中で息ができるよう、ロマンス営業の深みにハマってしまう人々や、ホストやキャバ嬢側への背景理解に微々たる貢献ができれば幸いである。  

 

 

本文の項目

□ホス狂をバカにするのは甚だ間違っている!

□夜職のそれは禁忌だろエピソード

□ホスト/キャバクラの接客の裏側

□キャバクラとホストクラブはまるで違う

□夜職の客に物申す!

□夜職の当事者に物申す!

◎夜職とは特に縁のない、「あなた」に話したいこと

おおよそこんな流れで話を進めていく。

 

まず、ホストにあってキャバクラに無いもの、というくくりでパパッと述べていく。

写真指名

 キャバクラにはホストクラブのようにiPadや本でキャストの一覧を確認する術がない。ホームページを見ても宣材付きでキャストが載っているのは全員の3割くらい。ホストクラブは最初に写真を提示して、そこから客が複数人自分の元へと呼べるシステム。

つまりキャバクラは黒服の勘で好まれそうなキャストを付けて、お店の状況を見ながらその時手隙のキャストを回転させる。言うまでもないが好みの子が付くかは結構運ゲー

ちなみに指差し指名という裏ルートもあるので、他の席や待機にいる子が気になれば黒服に言うと席に来て貰える。(ただ、待機場所はお客様から必ず見えるとも限らない...)


永久指名制度

 ホストクラブでは一度担当にしたプレイヤーが退店するかプレイヤーを上がって運営に回るか不祥事で消されるか以外、基本的に指名を変えられない。その為、途中からは担当をNGにしてヘルプやお店全体が目当てで訪れる人もいる。担当ホストには嫌悪感が強いけど、他のキャスト陣には会いたいなあ...のように、店全体での吸引力で抜け出せないパターンが多い。しかし、担当NGであれど支払い金額は担当ホストに全て収束される。ホストによっては、接客したくない相手からあえて嫌われ、裏で仲の良い別のプレイヤーに頼むことによって接客せずとも売り上げを伸ばす事も可能だ。

 

一方、キャバクラは指名替えができるので、初日はA子を場内指名して、その後についたB子が気に入ればその子にも場内指名できる(ダブル指名)。別日に来店したらC子を指名しても良い。ちなみにこれは何度でもできる為、キャバクラではそもそも本指名するお客様はそんなに多くない。色々なキャストと喋りたい人が多いから。ペルソナが天と地ほども違うのだ。

 

 

店グル(プレイヤー同士が“かたく”連携して他プレイヤーの営業に貢献する)

 

ホストの闇はここに極まれり!

キャバ嬢同士は指名替え制度の関係やのちに出てくる会議やグループがない為、基本的に不仲or相席以外話さないのが一般的。店のグループLINEは主にヘアメイクの順番の連絡か上からのイベント告知のみなのだが、ホストは営業中もプレイヤー同士でとにかく連絡を回しまくる。

今ではLINEになったが、もう少し前は店裏に大きなホワイトボードがあって、A子クレカ20万、B子風俗売上落ち込み中、病んでるから今日は煽るな、のようにプレイヤー同士が結託して客情報を収集し報告し合う。担当とヘルプはまず間違いなく結託しているし、ヘルプは担当がいない時間にいかに担当ホストがその席の客を特別視しているかを真偽が判断できないように話す

 

【例①この前営業終わりにDさんと話してたんだけどさ、A子ちゃんには正直色ボケ(※夜職のプレイヤーが客に対して個人的に恋愛感情を抱く事)してて自分でもやばいって言ってたよ】

 

【例②Dさんがこんなに一つの席に何度も顔出すの俺入店してから初めて見たかも笑、向こうの席の子にはシャンパン降りても全然一緒にいないし。A子ちゃんに煽ってるの見た事ないしマジでオキニなんだろうな〜、A子ちゃんの卓だけはホスト忘れてそうになるってよく俺らにのろけてくるし笑笑/ww】

 

など。上記は担当ホストとお客さんを言わばカップルとして2人の関係性をテコあげするやり方だが、注意喚起も兼ねて

超赤信号の店グルの文言

も書いておこう。

 

 

【俺、D先輩(担当ホスト)をマジで尊敬してて入店してからもめちゃくちゃお世話になってるから本当に死ぬほど迷ったけど、A子ちゃんの事、結構本気で好きかもしれないんだよね... いや、もう既に好きなんだと思う。こんな事言っても絶対担当は変えられないし何もかも無理なのも知ってるんだけど。バレたら俺もクビどころかグループそのものから追い出されるし...。でもどうしても割り切れないから、A子ちゃんさえ良ければインスタでDMしたい。インスタなら履歴も消せるし通話もできるから....。ホストやっててこんな風に思った事なんて一度もなくて俺自身が一番自分に驚いてる。】

 

(もっとむごいやり方だと、結構売れてるプレイヤーが自分よりも下の順位のホストのお客さんに言う場合もある。これはホスト側もリスキーだが((掲示板に晒される事などが))ここまで完璧だと、Eさん((担当より上のホスト))は今さら売上のために私に営業をかける必要はそこまで無いし、これはお金目当てじゃなくて私個人に興味を寄せてくれたんだ、とより特別な関係値を結べたことを確信してしまう。

彼に会いたければ、名目上の担当ホストがいる状態で、店に足を運ぶしか自分に特異的な好意を抱いてくれた相手に会う術はない。バレたら一発で命取りの爆弾行為を避けるためには。

 

もちろん、人間の言動に関して100%の断定はできないが、残念ながら色恋営業の中でもロミジュリ系統は担当と繋がって連絡先交換の許可を当然先に取っている。もしくは担当ホストの方から最近A子の単価下がっててここで巻き返したいから逆ハー営業しよう!と持ちかけられている。InstagramでのDM内容は、営業終了後に担当とヘルプがラーメンでも啜りながら2人並んで画面を見ているのが現実である。

(やはりホストクラブって人間として越えるべきでない境界線を余りにも跨いでいるよなあ....)

ビンダシャンパンを直瓶で口を付けて飲む行為、ホストクラブも格式によっては無い店もある)

当然、ボトルのシャンパンをイッキするのは苦痛である。席に献上されるシャンパンは、口をつける前にホスト等の手によって少しでも炭酸を弱めるために隠れて何度も炭酸を抜かれる。当然、全てのボトルに細工ができるわけでは無いが。客がビンダを行うホストを指名することもできるが、キュートアグレッション(自分が愛着を抱いた対象を目の前にした時、対象をつねったり、噛みつきたくなったり、意図とは別に反射的に痛めつけたくなる皮相的な衝動)で担当を指名して苦しむ様子を真隣で見たり、お気に入りのキャストを選んで複数人で比較的楽に飲ませたり、逆にシンプルに嫌いなキャストを選んで飲ませたりと人それぞれだ。

しかし、ホスト達はビンダが終わるとお手洗いに駆け込み、アルコールが体に吸収される前に一滴でも多く指を突っ込み胃液や胆汁と共に吐き出す。そのえずく音は大きなBGMでかき消されて空間に溶けていく。絶対に客の耳に入ることはない。

 

 

シャンパンコール(キャバクラは黒服が運んできて黒服が開栓する)

シャンパンコールは言わば演出である。あなたは他の客より特別なんですよ、あなたはホストクラブに必ず居場所があるんですよ、あなたには価値があるんですよ、とても楽しいですね、賑やかですね、この空間にいれば孤独じゃないですね。この確認作業である。

あとはホストが次にきたる恐るべきビンダに備えて時間稼ぎをしつつ覚悟を決め、無理やり景気づけるためでもある。

 

容姿の自由さ(タトゥー、派手髪、ピアス、ファッションがホストはバリエーション豊か)

逆に、説明がわかりやすくなるのでキャバクラがいかに門戸が狭いか画像を提示しよう。

このように、まずエリアで明確に求められる容姿と雰囲気が確実に存在している。勿論同じエリアでも、料金設定や内装、系列として大手の店などの条件で若干の差はあるが基本こんな感じだ。

暗黙の了解としては売れるまではロング、茶髪、ヘアメイクでは巻くことがテッパン。売れてきたら金髪にしたりショートにしたり、ロングでも一切巻かずにストレートで出勤ができる。また、黒がメインの配色のドレスは重鎮やトップランカーしか許されていない事が契約書に明記されていることも多く、店によっては黒衣装をそもそも全キャストが禁じられている場合もある。私が歌舞伎町で働いている際は、香水の香りのテイストがだめだ、と怒られる事すらあった。

また、見える場所にタトゥーが入っているキャストは基本的に一時店では働けない(実際キャバドレスを着たときに腰だろうが内腿だろうが隠し切るのはなかなか難しい)。

インフルエンサー並の人気があったり、固定客が多かったり太客を何人も抱えている絶対に店にとって利益になる安全圏のキャバ嬢であれば、ワンポイントの韓国系タトゥーを入れている人は一時店でも在籍ができる。

 

ホストに関しては、もう古今東西あらゆるキャストが存在する。源氏名の時点だけで見ても本当に自由度が高い。夕方の子供向け番組のキャラクター、歴史上の偉人、動物の名前、もはや〇〇の△、のように文章だったりする人も少なくない数存在する。とはいえ、もちろん王道の苗字と名前の源氏名を持ったキャストも存在する。

服装も基本的に「客が呼べれば」許される。パーカーで出勤してもいいし、ダメージジーンズを履いてもよい。アクセサリーも派手で駄目だ、とか繊細で合ってない、などの理由で著しい制限を受けることはほぼない。ブランド物をふんだんにあしらったスーツで出勤したっていいし、髪色も別に茶髪だけだなんて事はまるでない。ピアスも、タトゥーも派手髪も奇抜なメイクやファッションも、自分がそれできちんと売り上げを伸ばすなら問題ない。これがホストとキャバクラの違いだ。

 

営業後のプレイヤー同士の交流(キャバ嬢で店終わり後に仲良くするメンツは大体、最初から友人同士で入店している)

ホストは仲がいい。掃除組だとかグループを決めて売り上げを競ったり先輩後輩で師弟関係を結んだり、店同士で勝負をしたりと“キャスト同士の結託”が自然と発生するシステムやイベントの発生頻度がめちゃくちゃ高い。

の存在もとても大きいだろう。ホスト達は入店すると寮に住む。家でも店でも一緒にいるのだ。仕事の愚痴も言えるし夜職の病みそうになる孤独から逃げ出せる場所がある。そして、自分たちが行う非道なやり方を皆んなもやっているんだ、それも全然普通のこととして。という赤信号みんなで渡れば怖くない心理が蔓延する。

キャバクラに寮付きのキャバクラは存在しない。寮付きで応募してる求人は腐るほどあるが、本当に断言する。かなりの郊外やほぼ風俗のような形態の危ない店しか存在しない。

猜疑的な方は試しに寮に入りたい旨を寮付きと謳うキャバクラに言ってみるといい。いま満室で、もしくはキャストが丁度いまいっぱいなので、と断られるだろう。

 

慰安旅行

ホストはやたら沖縄と北海道に行く。とにかく沖縄と北海道に行く。そこで行うのはキャンプやBBQ、地方のキャバクラ巡りだ。あとは観光地然として普通に飲食も愉しむ。

 

会議

キャバクラには仕事のスキルを教えてくれる先輩も部署も店長もいない。黒服も大抵はアルバイトで夜の世界の駆け引きなんてみんながみんな把握しているわけではない。

『キャストグラスがこれ、灰皿は二本交換ね。絶対にヘルプの席で名刺は出さない事。とにかく酒煽って。トイレ行く時はお願いしますって言ってくれれば良いから。』

最初の出勤はこの説明だけで席に着かされるのだ。もちろんお客様はこちらがペーペーの新人だなんてぱっと見で気づかない。キャバ嬢として見られるわけだから、当然完成されたキャバ嬢としてこちらを値踏みする。会話の中で実はまだ始めたてで、と言うのはベストとも言えない。相手に直ちに優越性がさらに上乗せされてあーだこーだダメ出しを喰らう羽目になる。説教は客の大好物だ。ドレスを着て着飾った見た目を整えた女たちに自分が尊敬され讃えられる。それが大まかな客のゴールポストであるのは明白だ。

キャバクラで売れたいなら、超絶運に左右されるので運を味方につけよう。あとは忍耐。どれほど上から目線で馬鹿で無能だが愛くるしさはピカイチのほっとけない女として見下され続けても、それをおくびにも出さずに【病まずに】懐に入り続けるかがカギになる。本当におすすめはしない。まずその町が嫌いになる。そして男が嫌いになる。そして人が嫌いになる。やがて世界を一層激しく憎むようになる。

 

ホストはしょっちゅう幹部会や定例会、〇〇のイベントに向けてなどミーティングをしまくる。中にはその日の開始時刻前にもミーティングして、終わってからもミーティングする店もある。

 

 

夜職に憧れる者、夜職に就いている者、そろそろ上がりたい者、夜職をなんとも思っていない者。夜職を馬鹿にしている者。

 

様々なスタンスの人がいるだろうがこれだけは言わせてくれ。

 

まず客たち!お客様は神様じゃない。客もキャストも人間だ。馬鹿にされれば顔は笑っても心の中で腹が立つし、同伴する気も無いのに嘘をつかれれば苦しい上に用意に費やした時間も水の泡だ。我々が着飾り見目麗しく立ち回るのはそう見えるためにハサミで切って糊で貼り付けて、やっと完成した仮面なのだ。我々に完璧を求めるのは自由だが、我々は完璧な人形でもないし、愚痴と悩みのどれだけ殴っても起き上がるサンドバッグじゃない。大金とは人を殴打する免罪符では決して無い。理想と現実の線引きを心得たし。

 

次にホスト/キャバ嬢よ!

 

お前らが本当に欲しかったものはこれだったのか?自分を欺き他人を欺き、自分の価値はペラペラの紙の分厚さだけで決まる。特にホスト、流石にやり過ぎである。どうして自分に好意を寄せてくれた人々に風俗をやらせて稼いだ金で誇れるというものか。ホストクラブに例え月2回のペースで通うとしても、とても若年層の女性のマジョリティーの収入では回しきれない。洗脳した状態で自分と結束したスカウトに繋いだり、フラットじゃない心境に追い込み風俗に向かわせてるのは反則だ。月幾ら売り上げを立てようと、それはお前の金じゃない。他人の時間と命の横領です。

明日には客に切られるかもしれない。三年後には容姿がもう酒と薬で大ダメージを負っている事が前面に漏れてしまうかもしれない。夜職は今でこそマシになったがまだまだ親族や血縁の前で居場所を無くしてしまいがちだ。ここでダメでも帰る場所がない。君たちの日々の研鑽は確かなる努力なのに。

毎日酒で無理やり蕩けさせる頭で倒れ込むように朝方眠りにつき、遮光カーテンを引いて、最後にいつ自炊をしたかわからないキッチンでセブンの弁当を温めつづける毎日で良いのだろうか。夕方、最悪な胸焼けで目を覚まして、薬を飲み客と今夜の同伴について電話をしながら化粧をして服を選ぶ日々。

 夜職の民よ、夜から足を洗うならなるべく早い方がいい。君たちが作り上げたナンバーも売り上げも、履歴書に書き起こすことは困難を極めるのだから。

 

 

 

上を見続け、憧れを手中に入れる喜びを私は否定したくない。けれど、持たざる者がさらに弱い立場の者を押し潰して、それで修羅の階段を上がらずともいいではないではないか。

一番脆い所を刺激して搾取する事でしか上に上がれないと思い込んでしまうのは悲しい。

 

 

 

 

 

あなた方の実存はあなた方自身に完全に起因するわけでもなければ、全部が他者や環境依存のものでもない。もう見えない血をもっと見えない血で洗うのをやめてください。みんな苦しいのは分かる。みんなよく生きてるよ。しかし、病んだ人が病んだ人を食らうのは共食いだからやめてくれたまえ。

 

 

 

 

 

 

どうか皆が一欠片でも多く幸せであれますように最も良い選択をできることを祈る。共に生きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※今回の記事は昨年度に引退した計七名のホストの方、五年前に引退しスカウトに転じた方一名、三年前に引退しスカウトに転じた方一名、昨年度同棲していた二名の現役のホストからの情報、知人の元ホスト三名の記述と提供して頂いた画像を元にホストクラブの営業形態を書き起こしたものです。全てのグループや各個人店のシステムを網羅したわけでは無いことをご了承下さい。

キャバクラに関しては私自身を含め合計十一名(関東七名、関西四名)の知人の経験を文章に落とし込みました。

そしてこれは論文ではありません。かしこ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【私小説】胡乱な男、毒と煙とチョコレヰト

7から声をかけられた時、最初の一言は「チョコレート味のタバコ、吸った事ある?」だった。

 

 

 

私は当時、精神病院を抜け出して制限時間内に戻ってこれるセブンで買う、所謂“普通”のタバコしか知らなかった。

 

「いや、無いけど。どこで吸えるの?」

 

「ここで吸える、と言いたかったけど残念ながら残りのシャグが一本分も無い。因みに電車で3駅で手に入る。行く?」

 

7は背の低い黒の箪笥から、角ばった字でCHOCOLATEと記された痩せたパッケージを取り出して逆さにした。もう中身が袋から零れるほどもないことを念を押すように。

「夜の電車はまだマシだから行くよ、私はこのまま出れるけど、7は?」

 

上着だけ羽織ってくる、下の店にバレると面倒だから先1人で降りといて」

 

私は冷気で満たされたコンクリートの壁を触りながらアパートの階段を下り、1階に入っている床屋を横目に目の前の公園まで歩いた。

やっぱり夜は黒に見間違うくらい煮詰めた濃紺からできている。もし背後から突然刺されたとしても、そのどろりとしたものは刃が私を傷つける前にそれ自身を溶かしきってくれるはずだ。

 

 

最寄り駅までは徒歩で大体10分。7は特筆して背が高いわけでもないのに、やたら歩くのが速い。何かから逃げているようにも上機嫌で浮き足だっているようにもみえた。私は友人が不機嫌になるくらい速く歩く方だが、少し急ぎ足になって追いかけた。

 

 

 

電車は柏駅に着いた。駅から吐き出されるように背中を押され、ドン・キホーテまで歩く途中でスーツを着た人とやたら多くすれ違った。蝙蝠のようにも見える人々が纏う黒で覆われた歩道が目新しかった。

 

 

柏のドンキは入り口が広い。

ドンキのエスカレーターに乗った私達が、鏡張りの壁に雑多なチラシと共に映った。そういえば7も黒ずくめの服なんだ、そう思って実物の彼を見上げた。さっきの人々とは違って、同じ黒でも7は烏みたいだ。そう思った。

 

 

4階でエスカレーターを降りて、まっすぐにレジの方向へ向かう。

 

私は斜め後ろから、まるでセカンドストリートの中にあるブランド時計コーナーくらいちゃちな、すぐ割れそうなショーケースを眺めた。 こういうガラスは案外縦に大きく割れて、あんまり粉々にはならないんだろうなあ、とぼんやり考えた。

 

 

 

 

 

 

いや、なるほど確かにコンビニで並べられるタバコとは全く違うわけだ。海外から輸入された製品と裏付ける、毒っ気を孕んだ彩度の高いパッケージに包まれた様々なタバコたち。これって、重税を課して搾り取った金で豪華絢爛にあつらえたドレスに身を包む悪婦たちだな。

 

 

 

7はチョコレートと言ったが他のタバコたちも随分と蠱惑的な視線でこちらをねめつけてくる、特に鮮やかな赤紫のワインベリー味だと謳うタバコなんて例え口に合わなくて捨てるとしても一度は吸ってみたい。

 

 

7は番号とチョイスのダークチョコレート、と店員に告げてからふと私に顔を向け、なにか欲しい?と口を開いた。

アークロイヤルのワインベリーが欲しい、と応えると7はすこしの間タバコを見やったあと、それも追加した。

 

 

 

 

 

帰り道はとにかく早くタバコが吸いたくて堪らなかった。誰かに渡されるプレゼントなんかよりも、己で選んだ欲しい物の方が心が躍るに決まってる。7が右手に持っていた袋を、電車の中でやっぱりこれ私が持つよ、と言って急いでセロテープを破って袋の上から二袋のシャグを眺めた。なんだか人間を2体眺めているような気がした。

 

 

 

 

 

家に着いて、コートも着たままに早速包みを開けた。

そっち貸して、と言って7はダークチョコレートの封を開けて適当に葉をほぐしてから、さっき一度開けた箪笥の引き出しからフィルターとペーパーを出した。一応こうしてシャグ自体にも巻ける紙は付いてくるんだけどね、俺はどうしても薄い方が好きなの、とタバコに目を落としたまま7は呟いた。

 

 

タバコに対して、紙、フィルター、シャグに吸う側が手を加えられることに私は大きく感動していた。ただ受容するだけの嗜好が、自分の手で恣意的に操作できるより完全な愉しみに変わったのだ。コンビニで買っていたタバコたちの顔が、頭の中でずっと奥に押し込まれたのが分かった。

 

シュリは巻いた事はないだろうからまずローラーで覚えたらいいよ、7はそう言って引き出しから何か取り出すと、そこにシャグをしき詰めはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみにここで欲張ると勿体無いからね。そうなるともう、零れるだけだから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィルターを端に寄せて、それ以外の部分に同じだけ葉をつめこむと、つまみを回してローラーを閉じ、向こうが透けて見えるほどに薄い紙を差し込んで、両手の親指で繰りはじめた。

 

5ミリくらいの紙が巻き込まれずに残っている所に7はそっと口を近づけ、舌で左右までゆっくりなぞったあとに最後まで紙を巻き込んだ。

 

7は今しがた生み出したタバコを持ってベランダに出た。私も次いで外に出てソファーに座る。一応ここは4階の最上階で、周りは背の高い建物があまり無いのでかなり見晴らしはいい。左側に線路が目に入る。ヒトの街に音もなく侵食する大きな龍の腹のようだった。寒さで息が白くなったが、街の明かりもさして強くないから星がいやにくっきり見えて、私たちにはお誂え向きな夜景だと思った。星は目だ。私たちが何をしているか、何をしようとしているのか星たちはすべて識っている。

 

 

 

7はソファーに浅く腰掛けて風が止んだ瞬間に素早く火をつけた。普段のタバコよりもずっと炎が高くのぼって、2秒ほど大きく燃えた後に馴染みの色に落ち着いた。

 

 

時間をかけて大きく一口吸った後に、7がこちらにタバコを手渡した。受けとって私も吸ってみる。なんだかいい意味で未知なるタバコへの味に対する興味がちょっと弱くなったのを感じる。吸いたい時にすぐ箱を取り出して一本抜き取り、火を付けるだけの淡白なタバコへのルーティンが破壊された。それだけで私は既に興奮のほとんどを味わっていた。それを思い出してから吸い込んだ。

 

 

 

確かに今まで吸ったタバコとは全く違うな。チョコレートを感じるかと言われると素直に頷くことはできない。でも人生で初めて、体で、タバコは元々生きてた葉っぱを燃やしている事が分かった。葉のえぐみとか、独特のいがらっぽさも悪くない。喉から胸にかけて重さのある液体をとろりと流し込まれたような重さも、この一本にかける時間も。

 

 

 

 

どうだった、と言うように7は私を見た。

 

「チョコレートかと言われるとそれはよく分からない。だけど丁寧な味。なんか多層な感じっていうの?」

 

 

 

「美味しい?」

 

 

「美味しい、とはすぐに言えない。それにこの手の味って、初めてで最高にハマらなくても不味いかどうかまでは判断に時間かかる気がするから」

 

 

 

 

7は私が直球で美味しいと言わなかったことがなんだか満足そうだった。

 

 

貸して、と言って私からもう一度タバコを受け取ると、こうするんだよ、と言って口を私の方に近づけた。タバコを持った右手の小指で自分のうすい唇の端を指差してから、スゥーーッと音を立ててタバコを吸い込んだ。

 

 

「口の端、少し開けるんだよ。咥えた時に若干空気の入る隙間を作ってさ、それで吸い込むの。温度が下がって本当の味がするから。」

 

 

何だかひと口で胸も頭の中も隙間がないくらいの感覚がしたが、もう一口くらいは吸って眠りにつこうと思い、7の真似をして要は浅く咥えればいいんだよな、と思いながら夜の我孫子の空気を一緒に吸い込んで、煙を吐いた。

 

 

 

 

 

甘い。さっきは甘さの一歩手前みたいな風味だったけど今は確実に甘く感じる。チョコレートより向こう、カカオの風味がする。炒ってある感じ。なんだ、お前、ちゃんと裏切らずにチョコレートのシャグだったんだ、と思って手元のちろちろ燃える火を眺めた。

 

 

魔法と呼ぶには理論が前に立ちすぎているけれど、吸い方ひとつで価値を一気に底上げされたことに、憧憬を刺激する面白さを感じた。

 

 

7はおもむろに立ち上がって私の手からタバコを取ると、銀の安っぽい柵に片手をかけて街を見つめながら残りの煙を燻らせた。

 

 

 

 

なんだか全部うまくいく気がした。虚ろな十字架を背負わされた今までが洗剤の泡みたいにしょうもない過去に思えた。そんなものは全部潰してしまえばいい。7が私との間に架けてくれた共通言語がこのタバコなんだとまるで確信めいた思いが満ちた。傷の多い私たちは迂闊に語り合うよりも、初めましての挨拶はこれくらいが一番正解に近いだろう。

 

 

 

7をベランダに残して、私は先に部屋に戻ってドアを閉めた。もうここには何ひとつ尋ねてこないように。

 

 

 

 

 

 

 

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あれから何年も経った今、私と7はもうお互いについての情報が更新される事はない。

 

 

7はきっと今もどこかでうすい唇で微かに笑ってタバコを咥えるんだろう。私はというと、7が最初のほんの一部だけ手を引いてくれただけで転がり落ちる石みたいに、タバコの蒐集にのめり込んでいった。

煙草屋に行っては吸った事のないパッケージが目に入るなりすぐに買った。食費よりもタバコに遣うお金があっという間に膨らんだ。家ではタバコたちが山積みになって行き場を無くすので、大きなプラスチックの水槽を置いてあげた。出かける時は甘い系で3人、酸味が強いものを2人、香りがほぼ無いものを3人、変わり種を2人のように日替わりでそれぞれの得意分野を持つタバコ達を何人も連れて歩くようになった。場所として巻くことができない時の事も考えて、BOXのタバコも勿論集めた。幾つ揃えても満足はできず、次の日にはまた新しい出会いを探した。ただひたすらに、タバコそのものに取り憑かれ、その香気にあてられた。なんだかタバコが私のことを動かすような、思考を乗っ取られた感じがした。

 

 

 

チャップマンの特有のねっとりした甘さ、スウィッシャースウィーツのピーチにブランデーを破れない程度に塗った時の本物の洋菓子のような味わい、ピールのギリシャヨーグルトのフィルターを咥えた時の衝撃、それら全てが肖像画となって私の中で博物感のように立ち並んでいた。

 

 

 

 

ところが、6ヶ月前にある大切だったものを喪ってから、直接の因果はないのにタバコ達への熱が急に冷めた。自宅のありとあらゆる色で埋め尽くされた専用の棚に今も彼らは礼儀正しく並んでいるけれど。

それは突然で、三月のある夕方、よく冷えた酒を注いでからブラックストーンに火をつけた。その刹那、つよい吐き気がしたのを皮切りに、大切な友人が急に掌を返したように感じてひどくゾッとした。タバコを吸うのがやけに怖くなった。すっかり足が遠のいていたコンビニのタバコたちを慌ててかき集めて、何とか口にできる味を探した。なんだかもう、美味しくはなかった。

 

 

 

 

タバコに対しては誰よりも深い愛をもって接したつもりだ。このままタバコが私のもとから遠のいて、ついに一切吸えなくなってしまっても、大切な宝物としていつまでも部屋に飾っておきたい。私の人生で一番近くにいた支えの中では最も長く留まってくれた、天使のような存在に、海よりも深い感謝を。

 

 

 

 

 

 

 

追記: 私にとってのタバコとは目を入れてしまった龍、もしくは麒麟なのかもしれない。そして、あまりにも幸福を欲張ってしまったが為に、きっと零れてしまったのだ。忠告はたしかに私からそれを奪って去った。

 

 

 

【懐古日記】午後10時、地元のセブンと千円札 / 煙男のこと

16歳、ニコ動で唯一お気に入りにしていた歌い手とインターネットの海で偶然の再会を果たす。彼は自身のアカウントを綺麗さっぱり消してしまっていたから、とにかく嬉しかった。

 

 

 

 

 

450フォロワーくらいだったそのアカウントは、以前の名前とはまったく異なる名に変わっていて、ユーザーネームどころかアカウントそのものが数字と小文字のアルファベットからなる質朴すぎるものだった。

 

 

どうやら個人名義での歌唱動画のアップロード活動ではなく、バンドを組んで細々とアルバムを出している様だった。

 

当時、バイト禁止の高校に通う一年生だった私は同級生の目を掻い潜って近くの飲食店でバイトをしていた。

 

駿台模試や部活の有段試験、クラスメイトと放課後にファストフード店で飲み物を頼めることをギリギリ賄える程度の収入だったが、1000円だけ何とか捻出できたのでFANBOXを通して匿名で送金した。夜10時のセブンイレブンで。

 

 

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18歳、通信高校のTwitterで出会った友人たちとある日宇都宮でオフ会をした。

 

そこに来ていた一人、ハルカくんの事を4年ぶりに不意に思い出した。

彼はもともとSlackにアクセス可能だがどこにも告知しない部屋を持っており、詩を書いて不定期に更新していた。

 

 

私の二個下の友人がまずその部屋をかなりの難易度を突破して発見し、私も部屋番号を教えて貰って入室した。

 

 

詩を連投する行為について世の中は結構冷笑チックに笑うのをよく目にする。その理由の推論はできるが、私個人としては自己の発露が「言語」というツールを使うことで不必要に色眼鏡がかけられる気がしている。

話が逸れた。

 

 

ハルカくんについて話す上で、どうしても彼のあまりに特異的(奇異と言っても良いかもしれない)な詩の内容について触れなければいけない。

 

 

消去法で言うと、まずケータイ小説チックでは全くない。人間の感情や感性の「あわい」を情緒的に詠ってる感じでもない。

もっと色数は少なくて、私の中では赤と黒が彼の打ち込む言葉の色だと結論づけた。

起承転結もほぼ関係ない。4つ揃ってなくても何かがあって→何かが起こる(思うとか)は介在してる創作物が世の大半な気がするけれど、ハルカくんの詩を遡って全部読んでも彼の思想とか好悪とか倒錯とかもまるでよくわからなかった。

 

狙って生み出した昏さや陰鬱さ(そもそも創作というのは自分のゴールポストを定めて狙う行為だけど)ではなく、無作為にワードを抽出して「ひたすら本当に良くない感じがする」以外の共通項のない羅列の剥き出しの塊の様だった。

 

4人で宇都宮に集合して、見た目も雰囲気も境遇もより一層意味不明に見える我々で、バスに揺られて洞窟に行ったり、さして当たりの店ではない餃子屋で昼食を摂ったりした。

 

 

参加したうちの二人とは今もそのオフ会以前からもかなり仲が良いのだが、ここ一週間の間で彼らから別個にハルカくんの名前を4年ぶりに出されて、私も振り返らざるを得なくなった。

 

 

 

 

あの日見たハルカくんは結構背も高く、黒の分厚いロングコートを着てもなお痩せて見えた。

そして全員が口を揃えて言うけれど、とにかく容姿が際立つ端正さを持っていた。

 

 

 

 

 

ハルカくんの詩は最低レベルの語彙で感想を述べると「ひたすら怖い」のだが、現実にハルカくんを見た時に全く別の種類で、だけど同じ量の「とにかく怖い」を感じた。

 

ハルカくんは人間のカタチをした空洞で、何かに夢中になったり嫌悪感を抱いたり、逆に恋愛をしたりといったある種のフィールドの機微にまるで影響されない様に見えた。人や世間を厭うことすらなくて、ただひたすらに全てが彼を透過していくみたいだった。

 

 

(何一つ彼の実存とか実体に触れたりアクセスできる物とか人が見当たらないのに、彼自身から放出される余りにも激しい苛烈な言葉の数々がカラクリの全く不明瞭な錬金術に見えたのだ。)

 

 

 

あの日、何本も電車を乗り継いで茨城の海辺の街に帰って行ったハルカくんはまだこの世界にいるのだろうか。